【SQ5】6 荒野の再会

 高く澄んだ空を白い雲が渡っていく。第二層・奇岩ノ山道は、第一層とは異なり一面の荒野に奇妙な形状の岩が乱立する殺風景な迷宮である。鎮守ノ樹海が世界樹の麓に広がる森林であったのに対し、こちらは世界樹の幹を囲むようにそびえる山地の一端といったところだろうか。聞くところによれば、この山道を登りきってようやく初めて世界樹の内部に足を踏み入れる事ができるのだという。そして、現時点ではそこまで到達したギルドは現れていない。つまり真に「世界樹の迷宮」と呼べる場所は、依然として誰にも踏み荒らされていない未踏の地なのだ。随分と夢のある話である――とはいえ、まだまだ先は長いが。

 むき出しの岩肌に吹きつける風は涼やかで乾いている。乱れた髪をそっと首の後ろに除け、エールは大きく伸びをした。空が近いからだろうか? なんだかとても良い気持ちだ。余裕ができたらこの場所でピクニックなどしてみても良いかもしれない。迷宮で何をやっているのかと怒られるかもしれないが……。

「エール? 何やってるの、そろそろ行くよー」

 少し離れた場所からエスメラルダが声をかけてくる。エールは元気よく返事をして、荷物を背負い直すと駆け足で仲間の元へと駆けていった。ピクニックもいいが、今は探索に集中しなければ。


 迷宮の環境が変われば、そこに棲む魔物の種類も大きく変わる。これは第一層を探索している時からの慣例だが、初めて見る魔物と戦闘になった際は全力をもって対応するつもりで応戦しなければならない。迷宮に棲む魔物は時として思いもよらない能力を持っている。ろくな情報もないまま舐めてかかれば、あっという間にパーティー全員が樹海の養分と化す憂き目に遭いかねない。

 今回も、どうにか切り抜けられたようだ。地面に落ちて動かなくなったセミの死骸を刀の先でつつきながらケイナが苦々しく呟く。

「急に叫びだすからびっくりした……これは最後に倒した方がいいな……」

「びりびりする」

 リズが顔をしかめて自身の両手をさする。耳にした者の体を麻痺させるほどの音量で断末魔を上げるセミがこの世界に存在するなど、迷宮に挑まなければ一生知る機会の無い知識だっただろう。魔物の情報を書き留めておくための冊子――評議会から支給されたものだ。「魔物図鑑」への情報提供もアイオリスの冒険者の義務なのである――にセミの外見的特徴や戦闘中の動きなどを書き込んでいたエスメラルダが、うーん唸ってと頬を掻く。

「カラカルと、セミと、ターキーと……ちょっと整理したいな。休憩にしない?」

「そうですね、ちょうど小腹も減ってきた頃ですし。さっきの焚火のところまで戻りましょうか」

 セミから剥ぎ取った翅を荷物にしまいながらエールが応える。彼女はやったーと両手を挙げて喜ぶリズを横目に振り返り、背後に立っていた人物へ声をかける。

「ジュディスさんもそれで良いですか?」

 得物の大鎌を片手に握ったまま周囲の景色を眺めていたジュディスは、エールの問いかけに振り向くとひとつ頷いた。武器を下ろし、小さく笑んで言葉を返す。

「その前に、今どこにいるかを書き残しておいたか? 地図にでも書いておかないと続きから探索する時に困るぞ」

「あ、そうでした! ありがとうございます!」

 すぐさま地図を広げて細かく書き込みをし始めるエールを見て、ジュディスは微笑みながら肩をすくめた。

 ジュディスが『カレイドスコープ』に加入してから一週間が経った。当初、マリウスとの姉弟間のいざこざを目にしてきたメンバーたちは果たして彼女とうまくやれるのかと戦々恐々としていたが、いざ蓋を開けてみればそれはまったくの杞憂であった。というのもジュディスは想像していたより何倍も温厚で面倒見の良い女性であったし、何より彼女は腕が立ったのである。手慣らしと称して第一層を一人で歩き回り、今日初めて訪れた二層の魔物にも軽々と対応できる程度には。

「本当はマリウスの様子を見るつもりだったのだが」

 こんがりと焼け焦げた樹海魚の皮を取り除きながらジュディスは言う。

「今の奴は私がいると力を発揮できないだろう。それよりお前たちと交流しておくのが先と思ってな」

 エールが苦笑する。今日の探索にはマリウスは参加していない。彼はジュディスが二層の探索に同行したいと申し出た際、じゃあ私は留守番という事で、と早々に決めて休暇をもぎ取ってしまったのだ。実の姉、それもつい先日まで揉めていた相手と一緒に探索をするのは気まずいという気持ちは分からなくもないため、誰も反対はしなかったが。

「しかしいつまであの調子でいるつもりなのやら。まったく……」

「マリウスさんの事が心配なんですね」

「それは、もう」

 答える声には切実な感情がこもっている。話を聞くに、どうやら彼女は本当にいきなり家出したマリウスを捜すためだけにアイオリスまでやってきたようだった。仮にもそれなりに広大な領地を治める身でありながらそんな事をして良いのかと不安になるが、「普段から私がいなくても回るような仕組みを作ってある」ので心配はいらないという。下々の者にはよく分からないが、領主業とはそういうものなのだろうか……。

「……でも、マリウスってそんなに心配されるような感じだったか……?」

 納得いかないといった表情で首を傾げながらケイナが問う。彼の言うとおり、『カレイドスコープ』でのマリウスは年長者ということもあり頼れる年上といった印象が強い。ジュディスの心配具合といつも見ているマリウスの様子には少しばかりの齟齬があるように思える。

 樹海魚の身を口に運んでいたジュディスは一瞬動きを止め、口の中にあったものを全て呑み込んでから肩をすくめて答えた。

「幼い頃の弟は身体が弱くてな。……その頃の感覚がまだ抜けていないのかもしれない」

「へえ、そうだったんですか。聞いた事なかったな」

「だがそう言われるという事は、うまくやっているようだな。少なくともお前たちの前では」

 無理をしていないといいが、と小さく呟き、ジュディスは綺麗に残った樹海魚の骨を置いてデザートの月リンゴに手をつけ始める。エールとエスメラルダは顔を見合わせた。マリウスは無理をしているのだろうか。確かに思い返してみれば、ギルドの金銭周りやら戦術関係やら、自分たちは様々な分野でマリウスに頼っている気がする。それはつまり、彼にのみ負担を強いているという事ではなかろうか。それは、たいへん良くない。

「……わたしたちも成長しなきゃですね……」

「そうだね……」

「マリーはがんばり屋さん」

 リズの屈託ない一言にジュディスが小さく笑う。気付けば全員が用意した食事をすべて食べ終えていたようだ。誰からともなく荷物をまとめ、探索再開の準備を始める。このフロアがどの程度の広さであるのかはまだ分からないが、今日のうちにもう一つくらいは抜け道を見つけておきたいところだ。


 一行が探索を切り上げて街に帰還したのは昼過ぎの事だった。別に宿を取っているというジュディスと別れ、一行はジェネッタの宿へと帰っていく。比較的早い時間という事もあり、街には他の冒険者たちの姿は少ない。

「今なら酒場も空いてそうだね。依頼ないか見て帰る?」

「今の時間って、酒場開いてるのか……?」

「あ、確かに……」

 言われてみればそうである。行きつけの「魔女の黄昏亭」はルナリアの女主人が一人で切り盛りしている酒場だ。いくらクエストの受注窓口として機能しているからといって四六時中開いている筈もない。早く帰ってくるとこういった弊害もあるのか、と一行は顔を見合わせて溜息を吐く。見たことのない魔物に備え、万全を期すためにと早めに切り上げて帰還していたが、そろそろ二層にも慣れてきた事であるし明日あたり次のフロアを目指してみたもいいかもしれない。もっとも、明日は探索に参加する筈のマリウスとも相談してから決めなければならないが。

 宿の玄関をくぐれば、看板娘がカウンターに突っ伏して居眠りしているのが見えた。起こさないように足音を殺しつつ上階の自分たちの客室へ向かう。男子が使っている部屋と女子が使っている部屋は少し離れた場所にある。廊下の奥へ歩いていくエールとリズを横目に、エスメラルダとケイナはノックもそこそこにドアを開いた。

「マリーさん、戻りましたよー」

「うわっ!? あ、ああ、おかえり」

 慌てて振り向いたマリウスは、何やらベッドに腰かけて作業をしていたらしい。いったい何をしていたのかと手元を覗き込めば、そこにあるのは紙の冊子……いわゆるスケッチブックと呼ばれる絵画用の作品帳だ。そこに描かれたものを見てケイナが小さく声を上げる。緻密に描かれた風景画はこの客室から見える街の景色を切り取ったもので、それが「上手い」絵である事は素人目にも理解できた。

 これはいったいどうしたのかと視線だけで訊ねてくる二人に、マリウスは困ったようにはにかみながら応える。

「趣味なんだ。留守番しているあいだ暇だったから、久々に何か描いてみようと思って」

 と、そこでエスメラルダは思い出す。アイオリスに来る前、エールとマリウスと三人でマッドドッグを退治した際の事だ。あのとき確かマリウスは「顔料の材料が欲しいから」という理由であの森に同行していた。エスメラルダはてっきりそれも上手くエールを丸め込んで魔物退治に向かうための方便だったと思い込んでいたのだが。

「本当に欲しかったんですね、絵の具の材料」

「ああ……私の趣味が絵なのも、あの森で特別な顔料が採れるのも、それが採れなくて困っていたのも事実ではあるが。でもやっぱりあの時はそれも方便だったな……」

 そう呟いてスケッチブックを閉じ、ひとつ息を吐くとマリウスは途端に不安げな表情を浮かべて二人へ向き直る。

「それはそうと、今日はどうだった?」

「どう、とは」

「姉上は探索中どんな様子だった? なにか私の事を話したか……?」

 何故か小声でそう問いかけてくるマリウスを見て二人は顔を見合わせる。話していたかと言われれば、まあ話してはいたが。

「心配してましたよ。うまくやれてるのかって」

「あ、ああ……やっぱりそうか。そうだろうと思っていたが……」

「そんなに嫌なのか……? すごく心配してたし、その、一度くらい一緒に行っても……」

 おずおずとしたケイナの問いかけにマリウスはばつの悪そうな表情を浮かべて沈黙する。途端に慌てた様子でいや、だのええと、だの口ごもり始めるケイナを横目に、エスメラルダはひとつ溜息を吐いた。この調子では、今すぐに事態を収束させるのは難しそうだ。

 気まずい空気が流れだした室内に軽やかなノックの音が響く。

「皆さーん! 買い物に行きませんか? わたし、新しい盾が見たくて」

「おやつ」

「ちょっと待ってー! ……えっと、行きます?」

「ああ、いま準備する」

 スケッチブックを置き、マリウスは自らの頬をぺちぺちと叩いて立ち上がる。荷物からコートを取り出して手早く身につけ始めるマリウスを眺めながらエスメラルダは耳を伏せて落ち込むケイナの脚にそっと手をやった。元気を出せの意である。


     ◆


 第二層の探索は順調に進んでいった。マリウスとジュディスが交代で参加しての探索ではあったが、それも何度か繰り返せばすっかり慣れ、今となってはどちらがパーティーに参加していても何ら変わりない状態で戦闘を行えるまでになっていた。もはやセミもカラカルも恐るるに足らずである……などと言って油断していてしっぺ返しを食らう訳にはいかないため、そこは慎重な姿勢を貫いているが。

 巨大なサソリの監視をかいくぐり、先へ先へと進んでいく。あのサソリは縄張り意識が強く自身の領域に入ったものをしつこく追い回してはくるが、肝心の視界はさほど広くないようであった。相手の動きを観察して死角から回り込むように通過すれば気付かれる事なく切り抜ける事ができた。

「ステファンさんの教えが活きてますねえ」

 と、エールがのんびりと呟く。F.O.Eの動きをよく観察する癖がついたのは、第一層の魔物……『猛る梟獣』に襲われた後、ステファンに魔物の動きについてアドバイスを受けてからだ。

「『ヴォルドゥニュイ』も二層に入ったらしいね。また会えるといいけど」

「会えますよ! そしたら次こそ助けていただいたご恩とおいしいご飯のご恩をお返ししましょう」

「パンケーキ」

「リズ、ステファンさんはパンケーキを焼くだけの人じゃないんだぞ……」

 分かっているのかいないのか小首を傾げるリズにマリウス――今日は彼が探索に参加する日だ――は溜息を吐く。彼女の度が過ぎるマイペースにもいよいよすっかり慣れてしまった。話題に興味を失くしたらしい少女が肩を覆う防具をつつき回してくるのを適度にいなしつつ、マリウスは頭上を見上げた。燦々と照りつける太陽は想定していたより少しばかり傾いている。そろそろ小休憩は終わりにして、先に進むべきだろう。

 荒涼とした山道は見晴らしこそ良いが、柱状の岩や崖に挟まれた空間が多いため上方からの襲撃を受けやすい。ただでさえ頭上への注意は疎かになりやすい上、サソリのFOEにも注意を払いつつ進むとなると余計に気を配りづらくなる。そこで魔物の奇襲にどう対応するか協議した結果、ケイナに警戒を一任する事になった。セリアンの感覚は他種族のそれより鋭敏だ。生来の膂力と合わせて、奇襲にいち早く対応するには最適な配役だろう。

 壊滅的な不器用であるケイナに任せるのは少々不安な気もしたが、意外な事に彼は警戒や斥候の類いがなかなか得意であるようだった。曰く、故郷ではこういった仕事をする事が多かったのだという。

「俺の地元は田舎だから、大人になったらみんな狩りをしなくちゃいけなくて……」

 油断なく刀に手をかけながら、どこか遠い眼でケイナは呟く。

「でも俺が獲物を仕留めるとなんか……めちゃくちゃになって肉が駄目になるから……見張りや追い込みばかりやってて」

「難儀だね……」

「でも魔物が相手なら、そういうの気にしなくていいから楽だな」

 そう言ってはにかむケイナに他のメンバーは曖昧な相槌を打つ。破壊の権化か何かのような物言いをしているが、それが落ち込みがちな彼の自信に繋がるのならまあそれで良いのだろう。恐らく。

 進行方向に件のサソリが鎮座しているのを確認した一行は、雑談を切り上げてゆっくりと広間を進んでいく。進んだ先にもう一体のサソリがいるのを見た時は肝が冷えたが、慎重な行動によりひとまず接敵する事なく切り抜けられた。やはり持つべきものは観察眼である。

 広間を抜けた先には断崖が広がっていた。山道を囲むように這う巨大な世界樹の根の向こう側にはアイオリスの街の遠景が見える。はしゃいだ様子で崖下を覗き込むリズが足を滑らせないよう腕を掴んでその場に留めつつ、マリウスが背後の面々へ声をかける。

「近くに階段や抜け道はありそうか?」

「ええと……あっ! こっちに扉があります!」

 エールが意気揚々と北に伸びる通路を指さす。頷き返したマリウスがリズを促してそちらへ向かおうとした時、ケイナの耳がぴくりと震えた。刀の柄を握り、素早く辺りを見回す。

「今、何か……、……っ!」

 瞬間、物陰から飛び出してきた影がケイナに飛びかかる。勢いよく押し倒されて小さく悲鳴を上げるケイナとその胸の上に乗った何かの姿を認め、エールが咄嗟に剣を抜くが、それを制したのは他でもないケイナ自身だった。

「待っ、待ってくれ……! こいつは違くて……っ」

「え?」

 慌てた声に困惑しつつ構えを解けば、ケイナは身をよじってのしかかってくるものの下から這い出す。よく見てみればそれ(・・)は白い毛並みに覆われていて、この階で見たどの魔物とは似ても似つかない姿をしていた。口許から覗く薄い舌はしきりにケイナの顔を舐めていて、おまけにその尻尾は激しく左右に揺れている。わざわざ確かめるまでもなく、犬、であった。それも随分と人懐っこい。

 顔中なめ回されてベタベタのケイナは興奮した様子で迫ってくる白犬を押し返しつつ、裏返った声を上げる。

「カザハナ! どうして……いや、お前がいるって事は」

「戻れ、カザハナ」

 突如聞こえてきた声に犬がぴたりと動きを止める。そのままケイナの上から退いて踵を返した犬は、自らを呼んだ声の主の元へまっすぐに駆けていった。そこに立つ人物の姿を見たケイナはうう、と漏らして表情を歪める。

「ハル……」

 苦々しい声色で呼ばれたセリアンの青年は、ひとつ溜息を吐くとケイナに冷たい視線を送る。

「なんでお前がここにいるわけ?」

「う……」

「お前には冒険者なんか無理って言ったの、忘れたの? しかもこんな奴らと組んで」

 ハルという名前らしい青年はそう言って遠巻きに様子を窺っていた『カレイドスコープ』の面々を睨んだ。リズがさっとマリウスの陰に隠れる。その様子を横目に見たケイナは深く俯くが、ぐっと唇を噛むと身を起こして青年を睨み返す。

「お、お前には関係ないだろ……! わざわざ指図されなくても、俺はちゃんと……やれる……」

「……ふうん。そう。じゃあ勝手にしなよ」

 低い声で言い捨て、ハルはその場を立ち去っていく。彼の足下に座っていた白犬は戸惑うようにハルの後ろ姿とケイナとを交互に見たが、行くよ、と鋭く呼びかけられると立ち上がって主の後に続いた。沈黙が流れる。

 一人と一匹が去っていった方向を見つめて呆然としていたケイナだったが、はっと我に返ると慌てて立ち上がり仲間たちの元へ駆け寄ってくる。

「ご、ごめん……あのその、あいつ……」

「えーと……知り合いなの?」

 エスメラルダの問いかけにケイナは視線を彷徨わせた。耳をぺたりと伏せ、言い訳でもするかのような調子で俯きがちに答える。

「幼馴染……地元の……家が隣で」

「その割には険悪な雰囲気でしたけど」

「……アイオリスに出てくる前に、喧嘩して……」

 弱々しい言葉にリズを除いた三人は思わず閉口する。つまり喧嘩別れした相手とこんなところで思いがけず再会したという事だろうか。それは何とも気まずい事であるが。

 黙り込む五人の間を縫って乾いた風が吹き込んでくる。重い空気を振り払うように、エールが努めて明るく声を上げた。

「とにかく! 階段があるかどうかだけ確認して、今日はもう切り上げちゃいましょう。帰ったらご飯にしましょうね。ねっ!」

「ああ……」

 彼女の言葉に頷いたマリウスが荷物を抱え直したのを皮切りに、ようやく他の面々も動き出した。エスメラルダが鞄からハンカチを取り出してケイナに渡した。その時には既に彼の顔に塗りたくられた犬の唾液は半分ほど乾いてカピカピになりかけていたが、それでも拭かずに放置しておくよりはマシである。

 常の探索より格段に緩慢な動作で装備を整える一同の姿を見て、ひとり平然としていたリズが小首を傾げる。少女の動向はマイペースそのものだが、いつもと変わらないその様子が一種の安心をもたらしてくれる事も、ままある。マリウスは彼女の頭をフード越しに撫でてから北側に延びる通路へ足を踏み出した。第二層の探索もまた、波乱が待ち受けていそうな予感である。

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