【SQ5】14 亡者の呼び声

 竜騎士の遺品を回収し終え、そのままの勢いで十三階を突破した『カレイドスコープ』と『ヴォルドゥニュイ』は、これといった問題もなく十四階の探索を続けていた。先日の事件の犯人たちはいまだ捕まっていないが、ハルやディアマンテの前に再び現れたという事もなく、完全に行方を眩ませている。当然、自分たちにも被害は出ていない。

「やっぱり、地図が欲しかっただけなんでしょうか」

 樹海ベリーを口に運びながらエールが呟く。彼女の言葉に、隣を歩いていたステファンが肩をすくめて応えた。

「どうでしょうねえ……なんだか不気味じゃありません? そのメレディスとかいう男」

「不気味ってどういう風にですか?」

「明確な理由があるわけじゃありませんけど。死んだ親を死霊にしてけしかけてくるような奴、存在してるだけで嫌でしょう」

「それはそうですね……」

 神妙に頷くエールだがその口元はベリーの果汁で汚れている。それを横目に見たステファンは何か言いかけたが、結局無言のまま視線を逸らした。

 夕方の大市は自分たちを含め探索帰りの冒険者たちでごった返している。素材を売って得た代金を人混みに紛れて盗まれないよう、荷物を両腕にしっかりと抱えて歩きながら、二人は宿の方角へと向かっていた。『カレイドスコープ』と『ヴォルドゥニュイ』は別々の宿に宿泊しているが、それぞれの宿があるのは同じ街区なのである。

「ステファンさんたちは同じお部屋に泊まってらっしゃるんですか?」

「ええ。あの人、ベッドが狭いだとか硬いだとか文句ばっかり言ってますよ」

「あら、そうなんですか。なんだか意外です」

 見た限り、そういった事を気にする繊細なタイプのようには思えないが。素直にそう言えばステファンは僅かに顔をしかめて首を振った。どうやら彼らにも色々あるようである。

 大市を抜ければ周囲の人混みは幾分かマシになった。ここまでくれば宿まではもう少しである。別行動している三人もそろそろ宿に戻っている頃だろうか。あちらは酒場でクエストの報告をしている筈だが、酒場は酒場で大市と同じかそれ以上に混み合うため、まだ手間取っているかもしれない。

 最後のベリーを口に放り込み、二歩先を歩くエールは通りがかった角を曲がる。ここを曲がればジェネッタの宿は目と鼻の先だ――というところで彼女は急に足を止めた。ステファンが怪訝な表情で彼女の視線の先を覗き込む。

 ジェネッタの宿の前に、馬車が一台停まっていた。


 酒場に赴いていた三人は、エールとステファンより先に宿へ戻っていた。合流した五人は今、ジェネッタの宿の客間を借りて何とも言えない顔で膝を突き合わせている。その視線の先にあるのは、しばらくぶりに見る青年の姿だ。

「色々と迷惑をかけた。申し訳ない」

 そう言ってマリウスは深々と頭を下げる。彼の隣にはリズが座っていて、彼女もマリウスに倣ってぺこりと礼をした。エスメラルダが困惑した表情でええと、と漏らしたが、続く言葉は出てこなかった。しばしの沈黙。裏でニワトリがコッココッコと鳴いている声だけが微かに聞こえてくる。

 静寂を破ったのはジャンだった。彼はあー、と頬を掻くとマリウスに向かって問いかける。

「つまり復帰……って事だよな。オレらは良いけど、お前は、えー……大丈夫なのかよ」

「問題ない。……何週間も離れていたわけだから、すぐには戦力にならないかもしれないが」

「いやそういう意味じゃなくて、」

「ジャン」

 ステファンが諫めるように呼ぶ。盛大に顔をしかめて振り返ったジャンだったが、ステファンの表情を目にすると素直に口をつぐんだ。

 ステファンは小さく息を吐くとマリウスに向き直る。

「私たちは構いません。初めから一時的な助っ人のつもりでしたし……それより、そういう話は仲間内で先にするべきですよ」

 と、彼は並んで座っていたエールたちを指さす。三人はそれぞれ困ったような表情で視線を交わし合っていたが、やがて意を決したようにマリウスへ向き直った。

「わたしは嬉しいです。マリウスさんが戻ってきてくださって」

「僕は……僕も嬉しいけど。でも心配だよ。無理とかしてないかって」

「無理、か。そう見えるか……そうだろうな……」

 小さく呟き、マリウスは力無く苦笑した。隣で大人しくしていたリズがはっと彼を見上げ、身を乗り出して声を上げる。

「マリー探索がんばりたいって。リズもたくさん手伝う」

「リズ……」

「だから、みんなで一緒に……探索……」

 口をもごもごさせながらそう言うとリズは自信をなくしたように俯いてしまう。そして、再び沈黙が下りる。ジャンが居心地悪そうに尻の置き場所を探す。ニワトリの甲高い声が壁越しに聞こえてきた。空回りするように響いたそれを目を瞑って聞いていたエールは、深く息を吸うと大きく手を打ち鳴らした。

 他の面々の注目を一身に集めながら、彼女は明るい声で言う。

「大丈夫です! わたしたち、はじめて迷宮に入った時から一緒だったんですから。何も心配する事なんてありませんよ」

 ね、とエールはリズに視線をやる。リズは目を丸くして、それからこくこくと頷いた。次にエールはエスメラルダとケイナを見る。じっと見つめられた二人は困ったような表情で顔を見合わせた。やがてエスメラルダが溜息を吐いて頭を振る。

「そうだね、エールの言うとおり。……でも心配なのは心配だから。慎重に、少しずつ行こうね。誰と競ってるわけでもないんだし」

「はいっ」

「……ありがとう。『ヴォルドゥニュイ』のお二人も。急な話で申し訳ないが……」

 畏まった調子で向き直ってくるマリウスを見て、ステファンはうんざりしたように溜息を吐く。

「だから良いと言ってるでしょう。……無事に復帰できて何よりです」

「そうそう気にすんなって。オレらも好きで協力してたワケだし」

「お二人にはお世話になりっぱなしですね。いつかご恩をまとめてお返しできれば良いんですけど……」

「そうですねえ、そこまで言うなら三層踏破の報せあたりで手を打ちましょうか。気長に待ちますよ、気長に」

 ステファンがひらひらと片手を振る。あっけらかんとした様子の『ヴォルドゥニュイ』を見て、マリウスはようやく肩の力を抜いた。ほっと微笑む彼を見上げてリズも嬉しそうに身体を揺らす。

 張り詰めていた空気がようやく緩んだ。おもむろに立ち上がってエスメラルダに抱きつきに行くリズと抱きつかれて鈍い悲鳴を上げるエスメラルダを横目に、マリウスはもう一度ステファンに問いかけた。

「しばらくは私たちも三層の探索が続くだろうし、また何かあったら力を借りても良いだろうか。たとえば、合同探索とか」

「三層の探索……ね……」

 おうむ返しに呟き、ふっと笑ってステファンは答える。

「二度と行きませ~ん!! 滅びろ悪霊の巣窟!!」

「え、ええ……?」

「気にすんな。オレなら行くからまた困ったら呼べよ」

 申し訳なさげな表情で割って入ってきたジャンの言葉に、マリウスは流されるがまま頷いた。頼りになるんだかならないんだか、よく分からない二人だ。


 『ヴォルドゥニュイ』の二人が自分たちの宿へ帰った後、『カレイドスコープ』は改めて五人揃って今後の方針を話し合う……前に、夕飯を食べる事にした。というのも、マリウスとリズの帰還を知ったジェネッタが「お客さんの復帰祝いですよう!」と焼きたてのパンやらスープやら肉料理やらを用意してくれたらしいのだ。好意を無下にするのも気が引けるし、全員それなりに腹が減っているし、それならお言葉に甘えてありがたく頂いてしまおうという訳である。

 馬車から下ろしてきた荷物をベッドの脇に置き、マリウスは改めて客室を見回した。以前と全く変わりない様子だ。強いて言うなら自分のベッドがシワひとつ無く整えられている点だけが記憶と異なっている。だが、それも今日で終わりだ。

 さて、早く食事をいただこう……と踵を返して部屋を出ようとしたマリウスだったが、開けっ放しの扉の側に人影がある事に気付いて目を瞬かせた。足を止め、少し声を抑えて問いかける。

「どうしたんだ、ケイナ」

「…………」

 呼びかけられたケイナは視線を彷徨わせ、おずおずと一歩踏み出した。目をきつく閉じ、意を決したように開いて彼は応える。

「マリウス、俺――」

 言葉を遮るように、マリウスの手が伸びた。

 びくりと肩を強張らせたケイナだったが、彼の予想に反してマリウスの指は彼の二の腕を掴んでいた。困惑するケイナをよそに、剥き出しの腕の感触を確かめるように触りながらマリウスは言う。

「ケイナ……なんだか……逞しくなったか?」

「え……?」

 マリウスは至極真剣な顔をしている。ますます困惑しきって立ち尽くすケイナをよそに、彼はうーんと唸って二の腕をぺたぺた触り続ける。

「前より育っている気がする。セリアンは筋肉がつきやすいという話、あれは本当なんだろうか……」

「あ、え、うーん……? そ、そうかも……」

「私も屋敷にこもりきりでだいぶ鈍っているからな……とにかく体力を戻さないと。そのためにもまずは食事だな」

 小さく笑ってケイナの腕から手を離し、マリウスは今度こそ部屋を出ていく。ケイナは慌ててその背中を呼び止めようとした。だが、その前にマリウスの方がケイナを呼んだ。

 ケイナの立つ場所からはちょうど見えない扉の陰から、マリウスは静かに語りかける。

「もう少し、待ってくれ。……まだ、少しだけ……時間が足りないみたいだ」

「あ……」

「すまない。……いつか必ず続きを聞くよ。そうだな、世界樹の頂上に辿り着く頃には、必ず」

「……それまで、一緒に戦っても……いいのか?」

 ケイナがそう問いかければ、見えない場所から小さく笑う声がした。マリウスは半歩戻って扉の陰から顔を出す。彼は呆れたような、しかし穏やかな笑みを浮かべていた。

「いいも何も、お前がいないと困る。……ほら行くぞ。みんな私たちが来るのを待ってる」

 そう言ってマリウスはケイナを見つめた。ケイナは少しの間なにか言いたげに黙り込んでいたが、やがてぎこちなく笑って頷き返す。

 そのままケイナは部屋を出て、マリウスと並んで階下へと向かっていった。扉が閉まる。誰もいなくなった客室には静寂だけが残される。


     ◆


 マリウスとリズの探索復帰により、『カレイドスコープ』による第三層の探索は大幅に減速した。それはそうだろう、二ヵ月近く前線から退いていた二人を急に三層の骸骨やらゴーストやらの前に放り出せば大変な事になるのは目に見えている。二人のためにも、そしてギルド全体で改めて連携を取る事ができるようにするためにも、まずは「慣らし」が必要だった。

 浅い階層で久々に見る魔物たちを殴り倒し、クエストをこなし、馴染みの店や評議会に挨拶し、時に危険な魔物から逃げ回り、腕試しにFOEに挑み……以前の感覚を取り戻したと言える状態になったのは、二人が戻ってきて二十日ほど経った頃だった。

 久々に足を踏み入れた三層は相変わらず暗くじめじめとしていて妙に気分が沈んだ。神妙な顔で足下のぬかるみを気にするエールたち三人の隣で、初めて三層に入ったマリウスとリズは落ち着かない様子で辺りを見回す。

「これは……すごいな。すごいというのは、あまり良くない意味でだが……」

「あっちにもこっちにも幽霊」

「あ、やっぱりあれ幽霊扱いで良いんだ……」

 この迷宮を徘徊するものたちを魔物と呼ぶべきか幽霊と呼ぶべきかについては長く議論が続いていたが、本業のネクロマンサーであるところのリズが言うならば幽霊で合っているのだろう。ステファンに聞かせたらいよいよ卒倒しそうな事実だが。

 小首を傾げながら、リズは棺桶を叩いて死霊を召喚した。黒い靄を纏った人影のように見えるそれをふと見つめ、エールがうーん? と目を細める。

「死霊さん……何か少し、雰囲気が変わりました?」

 彼女の言葉を受け、男性陣もそれぞれ死霊に目を凝らす。言われてみれば確かに以前より輪郭がはっきりしているように見える。それに靄の中には骨……ちょうど迷宮をうろついている骸骨の戦士のような骨格が見えるような気もする。

 指摘を受け、リズは胸を張って答える。

「リズ特訓した。つよい死霊よんでもっと頑張る」

「い、いつの間に」

「ここ幽霊いっぱいだから、リズ役に立てる。みんなを助けるよ」

 そう言うリズの表情は真剣そのものだ。他の三人が少々呆気に取られるのをよそに、マリウスが彼女の頭に手を置く。

 見上げてくる少女に微笑みかけながら、彼は目前に続く暗い通路の先を見つめて呟く。

「行こうか」

 そして一行は歩きだす。目指すは十五階、首なし騎士が闊歩する大広場のその先だ。


 やはりというべきか、一度の探索で一フロアを踏破するのは難しいようである。だが感触は悪くなかった。経験を積んだぶん連携は以前よりも洗練されているような気がするし、メンバーの気合いも十分だ。必要以上に逸(はや)らず着実に進んでいく事ができれば、第三層の踏破もそう遠くはないだろう。

 そういう訳で、本日の探索を終えた『カレイドスコープ』は迷宮入口から街への帰り道を歩いているところだった。棺桶を背負ったリズが隣のエールに問いかける。

「明日も同じ階?」

「そうですね、地道にいきましょう。功を焦るより確実に! です」

「『ヴォルドゥニュイ』の二人も気長に待ってるって言ってたしね。でも、やっぱりいるのかな? 迷宮の主とか……」

「ゴーレムやヒポグリフみたいなやつか……?」

 五人は顔を見合わせてうーんと唸る。ゴーレムもヒポグリフも同じ階層にいる魔物たちとは比べ物にならないほど強力な魔物だった。あのような相手と戦う事になるのは、できれば避けたいところだが……三層踏破を目指す以上、そうも言っていられないだろう。

「とにかく探索を進めないとな。幸い三層を探索しているギルドは他にもいるようだし、情報を集めながら今後の事を考えよう」

 マリウスの言葉に反対する者はいなかった。五人ともが前向きな表情で、差しかかった角を曲がる。と、そこで一行はすれ違った人物に呼び止められた。誰かと思って振り向いてみれば、そこにいたのは全身を覆う黒い鎧。ギルド長のエドガーだ。

「エドガーさん。こんにちは」

「こんにちは。お前たち探索帰りか? 丁度いい、時間が空いたら評議会に顔を出してくれ」

「評議会? ……ミッションですか?」

「そう思ってもらって構わん。頼んだぞ」

 やや早口に言い残し、エドガーはどことなく急いだ様子で去っていく。彼が向かっていった方向……樹海入口を眺めつつ五人はそれとなく視線を交わし合った。誰からともなく靴先を宿の方面から評議会の方面へ向け、再び歩きだす。

 評議会の建物に通うのもすっかり恒例の事となってしまった。警備の衛兵などはもはやこちらを見ても軽く会釈するだけで用を訊ねてすらこない。完全に顔パスである。こんな調子では危機管理上問題がある気もするが、果たして大丈夫なのだろうか。事件が起こってからでは遅いと思うのだが……。

 評議会の警備体制について思いを馳せているうちに、一行はレムスの執務室へ辿り着いていた。挨拶しながら入れば、部屋の主はどこか安堵したような表情でこちらを振り向く。

「ああ、『カレイドスコープ』! 君たちを待っていたんだ。相談したい事があってね」

「相談ですか」

「君たちもリリの事は知っているね? 彼女の行方が分からなくなったという報せが届いたんだ」

「え! リリさんが……!?」

「近頃は第三層の探索に熱中し過ぎているようだったから、心配してはいたのだけれど……彼女の動向で何か知っている事は無いかい?」

 エールが何かを問いかけるような表情でエスメラルダとケイナを振り向いた。神妙に頷いた二人に頷き返し、彼女はレムスに向き直って実は、と切り出す。

「リリさんはあるネクロマンサーを追っていると仰ってしました。それが祖先から受け継がれてきた任務だと」

「ネクロマンサー……?」

「魔術の塔から秘宝を……不死の指輪? を盗み出したネクロマンサーだそうです。リリさんは彼が晦冥ノ墓所にいると……」

 エールの言葉を聞いたレムスは口元に手をやるとしばし熟考するように沈黙する。リズがきょろきょろと周囲を見回して首を傾げた。彼女と同じく状況が理解できていなさそうなマリウスを見てエスメラルダが苦笑する。リリの事情については十三階の探索中にリリ本人とソロルからそれぞれ聞かされたが、そういえばマリウスとリズにはその話は共有していなかった。

 後でちゃんと話そう……と心に決めるエスメラルダの視線の先で、考え込んでいたレムスが顔を上げる。

「ミッションを発動しよう。……リリを慕う住民や冒険者からも、彼女を助けてほしいとの声が上がっていてね。評議会としても同意見だ」

 そう言ってレムスは真摯な表情を浮かべ、『カレイドスコープ』をまっすぐに見やる。

「晦冥ノ墓所を探索できるギルドは限られている。その数少ない内のひとつである君たちの力を、どうか貸してほしい」


「魔術の塔、っていうのは」

 手製のハーブティーをカップの中で揺らしながらミーシャが話し始める。

「ルナリア族が開いた現存する最古の魔法研究機関で……今はアーティファクトと呼ばれる、特に魔法学的価値の高い物品の収集・管理・研究を行ってる。俺は文献でしか見た事がないが、その不死の指輪っていうのは何百年か前に盗まれた物じゃないかな……」

「どんな物なんですか?」

「俺もそんなに詳しいわけじゃ……だがまあ、名前の通りの効果があるんだろ、多分」

 名前の通りというと、すなわち「不死」である。

 釈然としない表情を浮かべるミーシャを前にして、『カレイドスコープ』は揃ってうーんと唸った。リリを捜しに行く前に件のネクロマンサーや指輪について情報を集めておこうと思い、ひとまず多少なりとも知識がありそうなミーシャ――彼もマリウスとリズと同じ馬車でアイオリスへ戻ってきていた――の元へやって来てはみたのだが……この調子ではあまり詳しい情報は得られないだろう。

「いや、俺、一般ネクロマンサーだから……アーティファクトなんて超エリートしかお目にかかれないような品の話されてもな……」

「あ、やっぱり凄い物なんですね、その指輪って」

「でも、本当に不死になるのか……?」

 ケイナが怪訝そうな表情で呟く。いくらルナリアが誇る魔法技術の粋を集めたとしても、不死の生命などという突飛な存在を生み出せるとは思えないが。

 ミーシャはその問いにしばし眉をひそめて思案した。やがて小さく溜息を吐き、気怠げな口調で答える。

「理論上は不可能じゃない。途轍もなく複雑な魔法と途方もなく大量の魔力が必要にはなるけどな」

「で、できるんだ……」

「古い時代の死霊遣い(ネクロマンサー)は生命の限界を克服する……みたいな事が大好きだったんだ。それこそ不死だったり、死者の蘇生だったり、そういう事が」

 まあ、今じゃどれも禁忌だが。そう呟いてミーシャは手元のカップをあおる。五人も顔を見合わせ、誰からともなく残っていたお茶を飲み干した。

 ミーシャの仕事をこれ以上邪魔するのも忍びない。話もそこそこに「葬儀屋」を出た『カレイドスコープ』は、ひとまず宿に戻る事にした。既に辺りはすっかり暗くなってしまっている。リリの事情は気になるが、情報収集にかまけて休息を疎かにしてしまっては明日の探索に支障が出る。

 通りに面した飲食店の軒先には溢れんばかりの客が詰めかけている。夜闇にひときわ明るく灯る喧騒を横目に通りすぎながら、ふとエスメラルダが口を開いた。

「やっぱり、できるんだね。死んだ人を蘇らせるとか、そういう事」

 隣を歩いていたケイナが弾かれたように振り返った。緊張感を帯びた目でエスメラルダを見つめる彼を少しの間じっと見つめてから、リズが口を開く。

「できるけど、できない」

「……どういう意味?」

 問い返せばリズはしばし考え込み、ゆっくりと言葉を切りながら答えた。

「死んだ人……体に魂を喚び戻しても、それはその人じゃなくて、その人の魂でつくった死霊。だから、生き返ってもその人じゃなくて、べつもの」

「そっか」

「死んだ人に会いたいって、生き返らせた話リズいっぱい知ってる。みんなかなしい終わり方」

 寂しげに言い、リズはそれきり口を閉ざす。エスメラルダはもう一度、そっか、と呟いた。途切れた会話の間を、少し間隔の広くなった足音が埋める。

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