【SQ5】18 決別の仕方

 看板娘お手製の野菜スープは素朴な味わいでありながらも確かな存在感をもって口腔内に広がり、喉奥と胃に優しい熱を伝えてくれる。放っておいたら机いっぱいに料理を並べだしそうなジェネッタを止める役目はひとまずケイナに任せ、ジャンから事の次第を聞き取っていたマリウスは、ついに盛大な溜息を吐いて頭を抱えた。

「何がなんだか分からなくなってきた……」

「まあ、お前三層の時はいなかったしな」

 いたオレも分かってねえけど。とジャンはスープに浸したパンの欠片を口に放り込む。

「つまり、他の奴が持ってる古い地図を強奪しながら登ってる死霊遣いの一味がいるって話だろ? 知らねえけど」

「地図ドロボウ」

 リズがむっとした表情で呟く。先程からぷりぷり怒っている様子の彼女にそれとなくお菓子を差し出しながら、マリウスはしばし険しい表情で顎を撫でた。

 ……本当に、メレディスの犯行を地図ドロボウの一言で片づけてしまっていいのだろうか? どうもそれだけでは無いような気がする。そう感じる具体的な根拠は、今のところ無いのだが……。

「……とにかく、今は待とうぜ。落ち着いたら話してくれるだろ。こんな事になっちまったんだしな……」

 そう言ってジャンは肩をすくめる。リズがむむむ……と唸り、差し出された焼き菓子にかぶりついた。ほろ苦いキャラメルらしき香りが辺りに漂う。マリウスも少し悩んだ末に、リズに倣う事にした。確かに、きっと今は時間が必要なのだ――かつての自分がそうであったように。


「私、実はルナリアじゃないんですよ」

 唐突にやって来てそう切り出したステファンに、エールは驚いたように顔を上げた。まだ探索から戻ってきていない冒険者が多いのか、宿はひどく静かに感じられる。その静寂に満ちた空間の中で、エールはひとりベッドに座って深く考え込んでいた。暗く、沈んだ面持ちで。

 エールの反応に苦笑しつつ備え付けの椅子に腰かけると、ステファンは静かに語りだす。

「混血なんです。祖母がアースランで……生まれたのは北ルナエの、何もない田舎町でして。ええ、それはもう酷い場所でした。古代の魔術師のゆかりの地だとか、金髪碧眼のルナリアだけが真のルナリアだとか、そういう何の価値もない事ばかりにこだわる人ばかりで。私は早いうちに祖父と祖母のところに預けられたので、酷い目に遭った記憶はあまり無いんですが」

 淡々と語る声を聞きながら、エールは以前彼から聞いた話を思い出した。故郷でゴーレムの伝承を聞いた事がある、と、そう聞いたのはいつだったか。そうだ、第一層でゴーレム討伐ミッションに挑戦する前だ。

 はあ、と溜息。傍から見るとちゃんと話を聞いているのかすら分からない態度のエールに、彼はただ語りかける。

「母は母で、また馬鹿な人でして。他所から来た混血の女がまともに暮らせる筈もないのに、ここで夫が帰ってくるのを待つなんて言い張ってあんな町に残ったんです。自分が捨てられたなんて知っていたくせに」

 ひとつ呼吸を置いた。困ったような苦笑を眉間に滲ませながら、肩をすくめてステファンは続ける。

「私はね、エールさん。世界樹の頂上に何も無いことを確かめに来たんです」

 エールは顔を上げる。そこでようやく彼女はステファンの顔を真正面から見た。窓から射した橙色の光が彼の目元を染めている。見慣れた魔導師の装束を脱いだ青年の纏う空気はいつもより柔らかく、どこか無防備に感じられる。

 ステファンは顔の横から垂れた髪をそっと耳の後ろにかけた。その耳の形も指先の透き通るような色も、どこからどう見てもルナリアのそれだ。

「世界の謎なんてひとつも解明されないし、常識を揺るがすような大発見も無い。ゴーレムの封印はあっけなく破られるし、大戦の痕には何の誇りも栄光も残っていない。それを、確かめに来たんです」

「……故郷の人たちを、見返すために、ですか?」

「いいえ、事実を伝えたところであの人たちは何も変わりませんよ。これからも、自分たちの信じたいものだけ信じて生きていくだけです……確かめたかったのは、ただ私が納得したかっただけで」

 と、そこで彼は一度視線を逸らした。気まずい表情を浮かべて頬を掻き、小さく唸って再び口を開く。

「ああ、まあ、確かにそういう気持ちも……えー……四割くらいはありますけど」

「けっこうありますね……」

「人間ですからねえ。諦めたからといって恨みまで捨てるなんて、とてもとても」

 それに、とステファンは僅かに瞳を細める。

「あのルナリアたちさえいなければ、母は首を吊らなかったでしょうし」

「――――」

 エールが言葉を失ったその瞬間には、既にステファンの表情は元に戻っていた。先程よりも幾分か強さを増した夕陽が視界の隅を焼いている。青年はおもむろに立ち上がり、そっとカーテンを閉めた。布の隙間から漏れた光の線が細く床を横切り、エールの爪先にかかる。

「……私は彼らの価値観が間違っている事を確かめに来ました。そこに初めて辿り着くのが私でなくても構わない。けれど、いつか必ず自分の足で頂上の土を踏む」

 カーテンの端を弄びながら静かに語るステファンの声は穏やかだ。彼は小さく笑った。歌うように、続ける。

「そして、時代錯誤の馬鹿どもを笑ってやるんです。貴方たちの信じるものなんてどこにも無かった、ってね」

 ステファンの手からカーテンがするりと逃れていく。布の後を追うように宙を彷徨った指先は、よくよく見てみれば滑らかでも華奢でもなかった。

 細かな傷とたこ(・・)の目立つその指で肩に流れた髪を背中に払い除け、凪のような表情でエールを振り返って彼は告げる。

「今の私に必要なのは、そういう決別の仕方なんですよ」

 沈黙が下りた。瞳を揺らし、動揺したように俯いたきり動かなくなったエールを見下ろしたステファンは、困った様子で眉間にシワを寄せた。彼は彼で黙り込んだまましばし考え込み、一度目を閉じて深呼吸をするとひとつ手を叩いて明るい声を上げる。

「な~んて、変な話しちゃいましたね。……個人の事情に踏み込みすぎたお詫びです。私の身の上話程度で釣り合うかどうかは分かりませんが、これでチャラって事で」

 その言葉と同時に、部屋の外から控えめなノックの音が響いてくる。ステファンがこれ幸いとばかりにドアの方へ近付き、ノブを回した。隙間から覗いたのはエスメラルダの顔だ。

「ごめん、取り込み中だった?」

「いいえ。私の用はもう終わったので、下に降りますよ」

 そう言ってエールを振り返り、ひらりと手を振るとステファンは部屋を後にする。客室には再び静寂が戻る。エスメラルダは去っていくステファンの背中を小首を傾げながら見送り、やがてエールに向き直るとふん! と気合を入れてドアを閉めた。薬草が詰まった鞄を先程までステファンが座っていた机に置き、彼はむっとした表情でエールに手を差し出す。

「怪我、見せて。まだちゃんと診てないから」

 そう言われて初めてエールは自身の腕や脚にいくつかの傷があった事を思い出した。何が原因で出来たのかまったく記憶にないそれらは既にかさぶたに覆われていて、触れて初めて痛みを感じる程度になっていたが、それでもエスメラルダに引く気配は無いらしかった。観念して腕を差し出せば、彼は丁寧な手つきで傷口に治療を施し始める。

 細かく薬草を持ち替えながら、エスメラルダはおもむろに口を開く。

「エールはさ、まだ続けるの。探索」

 力の抜けた指先がぎくりと固まった事に気付かない彼ではなかった筈だ。しかし、エスメラルダはそれでも視線を上げなかった。治療術によって再生された皮膚が傷を塞いでいくのを確かめながらぽつぽつと語る。

「僕はやるよ。せっかくここまで来たんだし。たぶん皆おなじ気持ちだと思う。……これまでも色々あったし、そんな簡単にいくなんて思ってないけどさ……」

 でも、と彼は目を伏せた。

「もしぜんぶ上手くいって、僕らが世界樹の頂上まで辿り着いたらさ。そこに君もいてくれたら、すごく良いなって、僕は思うよ」

 息を呑む音。エスメラルダがようやく顔を上げたのは、エールが静かに肩を震わせ始めた頃だった。頭上から降ってくる圧し殺した嗚咽に、彼はぎょっと目を剥いて立ち上がる。

「えっ! うわごめ、僕なんか悪い事言った……!?」

「ち、違います……違って……」

 治療されたばかりの腕で目元をこすり、エールはすんと洟をすする。慌てたエスメラルダの指先が膝の上に置いたままのもう片方の手に触れた。その感触に余計に泣きたい気持ちになりながらエールはこみ上げてくる熱を喉奥に押し戻す。

「ごめんなさい。わたし、謝らないといけない事がたくさんあるのに」

 そう言って彼女は立ち上がる。不安げに見上げてくるエスメラルダを見つめ返し、もう一度目元を拭った。

 ――めそめそと泣いている場合ではない。

「ちゃんと話します。隠してた事ぜんぶ」


 エールの故郷は王都の南、ドラゴン峠と呼ばれる地帯の片隅に位置する小都市だった。その名のとおり世界樹の北側から伸びる竜骨山脈の東端にあたり、イシス平原を横断し山都方面へ向かう街道に面したその街は人の行き来が多く、相応に栄えていたという。

 エールの両親はそんな街で宿屋を営んでいた。客は旅人やさほど裕福でない商人がほとんどだったが、お人好しの夫婦による宿泊料以上のもてなしは宿泊客からはたいそう好評で、個人経営のこじんまりとした宿にしては繁盛していたのだそうだ。そして、その宿に泊まりにくる客の中に、その冒険者はいた。

 顔を見せる頻度はさほど多くはなかった。年に二度か三度……しかしその時は決まって数日滞在し、多額の「おひねり」を置いて去っていく。どこか遠くの地方の出なのか言葉は少々不自由だったが、穏やかで人当たりの良い男だった。しかし何より、幼いエールと兄を惹きつけたのは、彼の語る冒険譚だった。

 曰く、アルカディアの中央にそびえる世界樹の内部には、見たこともないような風景の迷宮が広がっているらしい。豊かな森を抜けたら、風が唸りを響かせる荒涼とした山道へ。その先に続く毒気漂う暗い墓場に、七色に輝く水晶の洞窟……夢物語のような話を、何度も聞いた。少し知恵のついた兄がそんな話信じられないと言えば、男は次の訪問時には水晶の欠片を持ってきた。見た事のないような色をした獣の皮を、鉱石のように煌めく不可思議な木の枝を。見せられてしまっては信じないわけにはいかなかった。この人は本当に世界樹の迷宮へ挑んでいるのだと。誰も足を踏み入れる事が許されていないそこには、おとぎ話のような不思議な光景が広がっているのだと。

 最後に男がやって来たのは、ちょうどエールが五歳の誕生日を迎える頃だった。いつものように唐突に顔を出し、いつものように夫妻が作った食事を平らげ、いつものように子供たちに冒険譚を聞かせた彼は、出立の際に思い出したようにエールの兄を呼びつけると何枚かの紙の束を差し出した。

 彼は言った。君の好きなようにするといい、と。

「――それが、あの地図でした」

 集まった『カレイドスコープ』の面々と『ヴォルドゥニュイ』の二人に、エールは静かに語った。七人が顔を突き合わせた客室はひどく手狭だが、それゆえに少女の硬い声もよく響く。

「あの方が誰だったのか、わたしは知りません。名前も……少なくとも、兄とわたしは知りませんでした」

 ですが、とエールは何かを思い出すように小さく頷く。

「彼の語った世界樹の景色は……わたしたちが今まで見てきたものと同じでした。ですから、本当に迷宮を探索していた冒険者だったんだと思います」

「……十二年前の冒険者、か……」

 壁によりかかって話を聞いていたマリウスがぼそりと呟いた。彼の隣に立っていたケイナが耳をぴくりと震わせ、そういえば、と声を上げる。

「ハルが持ってた地図もそのくらい昔に買ったやつだ。やっぱり、同じ人の……」

「でも、メレディスってやつがその地図を集めてる理由は分からないね」

 エスメラルダの一言に、他の面々も神妙な表情を浮かべる。禁足地だった頃に迷宮を探索していた冒険者が実在していて、メレディスは彼の残した地図を集めている……というのは確かなようだが、ではいったい何故その地図を手に入れる必要があるのか。そのあたりが判然としない。

 一同の視線が自然とエールへ集まる。エールはただでさえ縮こまっていた肩をますます縮めると、心底申し訳なさそうな声色で応えた。

「わたしは当時まだ小さかったので、その方や地図については両親と兄の話で聞いた事くらいしか分からないんです。両親はずいぶん前に事故で死んでしまったし、兄は、いちばん熱心に話を聞いていたんですが、……」

 沈んだ面持ちで言葉を切り、エールは膝の上に置いた拳を強く握りしめる。

「……兄は……処刑、されたんです」

 ぽつりと落ちた言葉に部屋の空気が一変する。明らかに険しい表情になった仲間たちから視線を背けながら、エールは言い訳でもするような調子で続けた。

「騎士だったんですけど、その、……市政に関わる貴族の方を……暗殺したと、嫌疑がかけられて……」

「待ってくれ、あの事件お前の……ああ、いや、違う……今はそうじゃないよな……」

 マリウスが頭を抱える。地元の騎士団に所属する身である彼はエールが言う事件にも覚えがあるようだが、今重要なのはそこではない。ジャンがうーんと唸って腕を組む。

「騎士で、貴族の暗殺か。普通にいけば極刑だな」

「はい、斬首刑に。……わたし、見てたので」

「え、じゃあ待って。つまりその……死んだお兄さんが、死霊として使われてるって事?」

 エスメラルダの問いに答えられる者はいなかった。が、状況証拠からして恐らくそれで正しいのだろう。三層での一件でもわざわざハルの両親を死霊にしてけしかけてきた相手なのだから、そのような手を取ってきても不思議ではない。

 黙っていたリズがおもむろに口を開く。

「魂をつかまえて死霊にして、死んですぐの体に入れる。でも、死霊は死んだひとじゃなくて、そのひとの魂から作った、使い魔。だから……」

「兄ではない、んですよね。分かってます。分かってるんです……」

 力なく頭を振って呟き、エールはぐっと目を瞑った。そのまま深く頭を下げ、震える声で告げる。

「ごめんなさい」

 表情を歪めたリズがエールの元へ行こうとするのをマリウスが引き留めた。納得いかないと言いたげな表情で元の場所に座らされる彼女を見たエールは強く唇を噛み、顔は上げないまま続ける。

「兄の事もありますし、身の上をお話しすれば迷惑になると思ってずっと黙っていました。……ハルさんの事件の時に全てお伝えしておくべきでした。本当にすみませんでした」

 それはその通りだ。とはいえ、彼女の持つ情報を先に知らされていれば今回の事件が防げたかといえば、それもまた違うように思える。地図の正体とその製作者の存在が分かったところで、メレディスたち一行の思惑は未だにはっきりしないところが多い。ただひとつ確かなのは、彼は求めに応じて地図を渡したエールと彼女を助けに入った『ヴォルドゥニュイ』をもろとも殺害しようとしていたという事だ――そこには明確な悪意がある。

 重苦しい沈黙の中、つかえた喉を小さく鳴らしながらエスメラルダが口を開く。

「あー、ううん……黙ってたのは、まあ仕方ないよ。事情が事情だし……」

「それより、今後どうするかだな」

 マリウスが静かな声で続けた。

「メレディスの目的はよく分からないが、殺そうとした相手が生きているのにそのまま放置しておくとは思えない。探索を続ける限り……いや、この街にいる限り、危険はつきまとうだろう」

「それこそ、お兄さんをけしかけてくるかもしれないし……それって、エールにとって辛い事だと……思うけど……」

 落ち着き払った様子のマリウスを横目に窺いながら、ケイナが口をもごもごさせて呟く。エールは少しだけ顔を上げた。無理やり座らされた姿勢のまま不安げにこちらを見つめてくるリズと目が合う。その表情を見ている事も耐えられず、すぐに視線を逸らした。けれど、逸らしたからといって、結論を先延ばしにできる訳ではない。

「行きます」

 震える声を無理に張り、エールは応えた。マリウスの眉根が寄る。彼が何か言おうとしたのを遮るように、彼女は痛々しいまでの声色でもう一度告げる。

「行かせてください。わたし、世界樹の頂上に行きたくて」

 膝の上で握られた少女の拳に、殊更に強い力が籠る。ぎちぎちと音を立てているような気さえするそれに視線を注ぎながら、嚙み締めるように彼女は言う。

「兄さまの願いを、叶えたいんです……」

 部屋の隅、終始黙ったまま話を聞いていたステファンの表情が歪んだ。彼は何かを言おうとしたのか不意に息を吸い込んだが、結局その吸気は溜息に変わって吐き出されるばかりに終わった。今度こそマリウスの制止を振り切ったリズがエールへ飛びついていく。彼女の細い腕に抱きつかれても尚、エールは俯いたまま、ただ拳を握り締めていた。


     ◆


「えー、ちょっと、逃したの? 困るよー折角ここまで連れてきたのにさー」

 唇を尖らせてそう言うメレディスに、ラクライは肩をすくめてみせた。あの芋虫の住処から命からがら退却してきたばかりだというのに、その言いぐさはあんまりではないだろうか。

「ちゃんと仕事してくれたんなら労ってあげても良かったんだけどね。逃がしただろ、あのアースラン」

「わはは、それを言われちゃどうしようもない。でもキミだって逃がしたろ。お互い様さ」

「立場ってもの分かってる? 常々思うけど、雇われの身でどうしてそこまで大きい態度が取れるんだ……」

 メレディスは溜息を吐き、視線をラクライの背後へ向ける。水晶に背中を預け、杖を握ったままじっとしているレイチェルの様子をしばし眺めると、彼は僅かに顔をしかめて彼女へ問うた。

「本当にそっちには来なかったんだよね?」

「ええ。そう何度も訊く必要は無いでしょう」

 常のごとく抑揚のない声で答えたレイチェルにふうんと応え、メレディスは口元に手をやると何事か考え込む。これ以上責められる気配は無さそうだと判断したらしいラクライが機嫌よさげに耳を揺らし、メレディスから距離を取って天井からぶら下がる竜水晶を見上げはじめた。レイチェルはどちらの動きにも反応せず、ただじっと自身の足元を見つめている。

 時折ラクライが立ち位置を変える足音ばかりが響く中、しばし考え事を続けていたメレディスだったが、やがて何かに納得したように頷くと腰かけていた水晶から立ち上がった。レイチェルが顔を上げる。彼女に向って微笑みかけ、メレディスは告げる。

「まあ、地図は手に入れた事だし、今回のところは良しとするかな。街に戻ろう」

「いえーい。酒飲みに行ってもいい?」

「良くない。君は今日からしばらく監視役だ」

「そんなあ」

 ラクライはがっくりと肩を落とす。その陰でレイチェルが僅かに目元を険しくしたが、メレディスがその事に言及する様子は無かった。荷物を整え、踵を返して歩き出す。

「行くぞ」

 そう声をかければ通路の陰から人影がふたつ音もなく現れる。虚ろな目をしたアースランの青年とルナリアの男は、緩慢な動作でメレディスの後に続いた。その姿を振り返り見て、死霊遣いは満足げに笑った。

「さて、目標達成まであと少しだ。気張っていこうじゃないか」

 答える声は無い。しかし、それをまったく意に介した様子もなく、メレディスは迷いのない足取りで水晶の道を進んでいく。

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