開幕五秒前

「良いことを思いついた」


 と、あるじは言った。その顔に浮かぶ表情が「悪い笑み」であることを認識し、メタルマンはひとつ頷く。長く見なかった表情である。だがこれまでに集積したデータから推測するに、これは「そういうこと」だろう。ついに、その時がきたのだ。


「次の作戦に関連することでしょうか」


 推測を確かなものとするため問いかければ、ワイリーはそうじゃ、と肯定を返す。


「まったく、もう少し早く思い出せていれば今までの作戦も邪魔されずに済んだかもしれんというのに! ……じゃが、遅いことはあるまい。早速取りかかる」


 ひとまずこれに目を通せ、という言葉と共に送信されてきたのは、メタルマンの知らない機構の設計図だ。どうやらロボットの出力向上を可能とするシステムの構想であるらしい。表題と思しき文言の横に、歯車(ギア)がふたつ、象徴的に描かれている。


「ワシはそっちの製作に集中する。資材の補給ルート構築と、資金調達はお前たちに任せる」

「新ナンバーズの作製はどのように?」

「そっちに手を回す余裕が無さそうじゃわい。使えそうな企業製を見繕ってこい。まあこっちは後でいい……最優先はシステムの再構築じゃ。後で改めて各ナンバーズに通知する。先にセカンズに知らせておけ」

「承知しました」


 メタルマンがうやうやしく頭を下げるのを見ないまま、ワイリーは踵を返して研究室へ戻っていく。彼の背中が扉の向こうに消えるのを見届けたメタルマンもまた、長い廊下を引き返して歩きだした。基地の補修や新たな資材補給源の開拓など、いくつかのタスクは残っているが、あるじの命令はそれらすべてに優先される。


 今の時間帯ならばセカンズは全員が基地内にいるはずだ。よく溜まり場として利用している会議室へまっすぐに足を進める。道中、曲がり角で捜していたうちの一機に遭遇した。ヒートマンである。


「ヒート」

「あー、メタルだ。なんか急いでるじゃん。どしたの?」

「次の作戦が決まった」


 淡々とした言葉に、ヒートマンは元々丸い瞳をさらに丸くした。それからにんまりと笑って、彼は再び歩きだしたメタルマンに追随する。


「博士、やる気になったんだ? 久々だ」

「後ほど正式に通知される。先にセカンズに伝えておけの仰せだ」

「じゃあ今回も雑務の指揮ボクらなんだ。ねー、次って炎系のコいるかな?」

「既存の一般ロボットを改造して使用するとのことだ。選定は今後行う」

「楽しみだなー。博士、今度はどんな面白い計画思いついたんだろ」


 ヒートマンは鈴を転がすような声で笑った。メタルマンは楽しげな弟機の姿を横目で見る。何がそんなに楽しいのか、メタルマンにはよく理解できなかったが、任務に対するモチベーションが高いのは良いことだ。


 歌うようにヒートマンは言う。


「やっぱり作戦が始まると嬉しいね。今回は成功するかな? そしたらボクらお役御免だけど。メタルはどう思う?」

「博士は間違わない。懸念は不確定要素のみだ」

「ロックマンを不確定要素に含めるの、そろそろやめたほうがいいと思うけどね。ボクは。毎回想定以上の出力でぶつかってくるの分かってるじゃん」


 このロボットには問題の核心にずけずけと踏み込んでくる悪癖がある。メタルマンは僅かな不快を抱いたが、彼の電子頭脳は微細な感情を言語化する能力を著しく欠いていたため特に反応することはなかった。

 それよりも、メタルマンはヒートマンとの会話の中で引っかかった単語を反芻する。


「お役御免」

「んー? だってボクら世界征服作戦のために造られたわけだし。成功しちゃったらもうやることないじゃん。『新法』が生きてたら廃棄処分だよ。ボクら元々法外なロボットだけど。くふふー」


 メタルマンの短い発語から意図を読み取って適切な返答をするスキルは、彼に近しいロボットだけが持つ特殊技能である。一を訊かれてきっちり十を返したヒートマンに、メタルマンは成程、と頷く。


「想定が及んでいなかった。お前の言うとおり、世界征服作戦というミッションが完了すれば我々は稼働目的を失う」


「でしょお? たまに考えるんだよねー、その時にまだ生きてたら何しようかなって。メタルは何するとか予定ある?」


 ヒートマンの問いかけにメタルマンはしばし黙り込む。製造されてから今まで、そんなことは考えたこともない。なぜ考えたことがないのか。その理由は単純だ。ロボットは、そんなことを考える必要が無いからである。


「予定はない。俺は世界征服作戦のために製造された戦闘用ロボットであり、その他の用途は想定されていない」


 淡々とした返答にヒートマンは声を上げて笑った。メタルらしいねえ、と丸い瞳で兄機を見上げながら、彼はどこか呆れたように肩──ヒートマンの機体の肩部にあたるパーツには人型のような可動性は無いので、文字通りの動きではない──をすくめる。


「それはそうだけど。でも想像するのは自由じゃん? たとえば、あー、歯医者さんとか?」

「歯医者。俺に歯科医師になれということか? なぜ歯科医師だ?」

「あーあーボク先に行っとくね。確かフラッシュとエアーとウッドがいるはずだから、作戦のこと伝えとくー」


 早口でそう言い、ヒートマンはメタルマンを追い越すと駆け足で通路の先へ向かっていく。メタルマンは僅かに首を傾げた。なぜ歯医者なのかは分からないままだ。


 ヒートマンの言うことは理解しがたいが、とにかくメタルマンは歯医者にも、それ以外にもならない。彼はワイリー博士が世界征服のため、ロックマン打倒のために設計した純戦闘用であり、他のなにものでもないのだ。


 命じられる限り戦い、命令が無くなれば廃棄されるのみ。それが正しいロボットの在り方だ。甘ったれた産業用と自分たちは違う。


 目的地の前に辿り着いた。扉をひとつ隔てた先からヒートマンの声が漏れてくる。迷うことなく扉を開けた。作戦が始まる。彼らの存在する理由が。

 



 そして、幕が上がる。

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