【SQ2リマスター】第一層

 第一層・古跡ノ樹海は、既にあらかた人の手が入りきった迷宮である。各所には見張りと巡回警備を行う衛兵が配置され、時には冒険者だけでなく一般市民の姿すら見える。特に街へ繋がる出入口付近には魔物が寄りつかないような工夫がなされていて、穏やかな木漏れ日と清浄な空気も相まってピクニックにでも洒落込めそうな雰囲気が漂っている。

 それでも、最初の階層……それもまだ本格的な探索が始まってすらいない一階の時点で、命やそれに匹敵するものを失う冒険者は後を絶たない。

 世界樹の迷宮とはそういう場所である。爪も牙も鱗も毒も持たない人間という種族は、魔物が跋扈する神秘の樹海においてはあまりに脆弱だ。経験も装備も乏しい駆け出し冒険者ともなれば尚更である。

「その点おれたちは恵まれてる方だけどね」

 と、棚に並んだ薬品類を吟味しながらマルクトが言う。既に購入済みの物資を両腕に抱えていたアズは彼を一度横目でちらりと見て、それから再び視線を逸らした。その顔に浮かぶうんざりした表情に気付いているのかいないのか、マルクトは先と同じ調子で続ける。

「ある程度装備は調えたうえで迷宮に入ってるわけだし……でも準備したといっても死ぬ時は死ぬし、結局ものを言うのは気合いなのかもね。……ちょっと、聞いてる?」

「聞いてない」

「じゃあもう一回最初から言おうかな。その点おれたちは」

「聞いてたから二度も言わなくていい……!」

 やけくそ気味に言えば、マルクトは呆れたように肩をすくめた。へんな意地張らなきゃいいのに、と呟く彼を苦い顔で見つめ、アズは盛大な溜息を吐く。

 しばらくの間行動を共にして分かったことだが、この子供、どうも見かけよりも格段にしっかりしているらしい――ギルド立ち上げの中心になったのは彼とネツァクの二人であるが、年長者である筈のネツァクがどうもぼんやりしているというかとにかく頼りないので、必然的に彼が色々な手続きやら何やらを行う羽目になる。アズが見る限り、マルクトはそれら業務を滞りなく、積極的にこなしているようだった。

 今日の買い出しも言うなれば仕事の一環である。全ての物資を事前に整理して不足品をリストアップしたうえで、公国内の冒険者向け店舗を回ってなるべく安価で質のいい品を探す。駆け出し冒険者にとって最大の敵は金欠だ。物資は可能な限り安く仕入れたいが、その物資がいざという時に役に立たない低品質な物であったら困るどころの話ではない。

「資金も無いわけじゃないけど、無駄遣いして後で苦しくなったら嫌だから。……このメディカ、安いけどラベルに薬泉院の印ないな」

「それ大丈夫な薬なのか……」

「大丈夫なわけないよね。この店使うのはやめよう」

 あっけらかんと言って懐から取り出したメモに何事か書きつけていくマルクトを横目に、アズはそっと店の奥に目をやる。カウンターの奥に座った店主が無言でこちらを睨んでいるのを確かめてから、それとなく視線を外した。そちらも商売だろうが、こちらとしても買い物に妥協はできないのである。恨まないでほしいところだ。


     ◆


 マルクト――と、彼に付き合わされてあちこち歩き回る羽目になったアズ――の頑張りの甲斐もあって、探索は至って順調だった。襲ってきた魔物はジョージが斬り倒すかネツァクが撃ち抜くかでおおむね仕留められるし、怪我を負ったらすぐにネリネが治療してくれる。探索中はマルクトが周囲を警戒していて危険があれば先んじて対処できる。なかなかバランスのいいパーティと言えるだろう。

 強いて言えば、地図の作製に苦戦していた……地図を描くのはアズの仕事だが、彼はべつに地図を描いた経験があるわけでも経験の代わりになるような知識を持っているわけでもないので、当然のように苦戦しまくっていた。だが任された以上はやらない訳にもいかないので、酒場にいる他の冒険者に教わるなどしながら何とか慣れていっているところだ。早くまともな地図を描けるようになって、マルクトの小言から逃れたいところである。

「ところで、ここは「第一層」らしいが、次の階層まではどのくらいの長さなのだ?」

 探索の最中、ジョージがふとそんな事を言った。近くの木に生っている木の実を見上げていたマルクトが振り返って、うーんと首を傾げる。

「四回階段を上ったら一層の最上階だって聞いた。だからフロアで数えると五階ぶんの長さかな」

「五階か。それより先にも迷宮が続いていると思うと……なんとも気の長い話であるなあ」

 そう言って彼は辺りを見回す。いま一行がいるのは迷宮三階、第一階層・古跡ノ樹海のちょうど折り返し地点にあたる場所だ。徘徊する鹿や大広間に陣取る蟷螂を避けつつ進み、フロアの北端と思われる地点にまでやって来た頃合いである。

「迷宮探索って、長期戦だからね。戦い抜くためにも今日はそろそろ切り上げたいところだけど、今のうちに抜け道とか見つけておきたいよねえ……」

「ふむ。下り階段はどちらの方向だった?」

「ちょっと待ってくれ、いま描いた……」

 手元を覗き込んできたジョージに、アズは描き上がったばかりの地図を渡す。受け取った羊皮紙をまじまじ見ていたジョージはふんふんと深く頷くと、地図を返して視線を通路の先に向けた。

「ひとまず、南西か。進めるだけ進んでみるとしよう」

「おっけー。ネツァク、もう終わった?」

「ああ」

 広げていた荷物をまとめたネツァクが立ち上がる。先程の戦闘の最中に散らばってしまった弾薬の整理もようやく終わったようだ。彼の作業を控えめに見守っていたネリネも既に探索再開の準備は万端の様子である。行くぞ~! と一声あげて先頭に立つマルクトの後を追い、アズも歩き出す。うっかり遅れてまた何か言われるのは面倒だ。


 先のやり取りのとおり、世界樹の迷宮は複数の階層からなっている。今いるのが迷宮入口から繋がる最初の階層である第一層。この階層がおおよそ五階ほど続き、階層の主である強大な魔物の縄張りを抜けた先が次の階層であるという。

 こうした情報が出回っているのは、既に第一層を越えてその先の階層を探索しているギルドがそれなりの数いるためだ。二層、そして現時点での最高到達点である第三層も、今まさに衛士隊を投入しての調査が進んでいる真っ最中である。それなら、わざわざ新人冒険者が第一層からちまちま探索していく必要ないんじゃない? と、そう思われるかもしれないが、現実はそう上手くはいかない。

「……あ、ここ最初の部屋だ。戻ってきたね」

 通り抜けられそうな茂みの向こうに顔を突っ込んで、マルクトが言う。彼がほら、と示した先を見てみれば、確かにそこはひとつ下のフロアから階段を上ってきてすぐの広間だ。ジョージの鎧に覆われた尻が茂みの向こうへ消えていくのを横目に見ながら、アズは地図に抜け道の記号を描き込む。なかなか便利な抜け道を発見した。充分な成果である事だし、今日の探索はこれで切り上げて問題ないだろう。

「流石に疲れたね~。はやく帰ってご飯食べたいな」

「これは、もう使えるの?」

 大きく伸びをするマルクトの隣で、ネリネがか細い声で問う。彼女が指さす先にあるのは、地面から遙か頭上へと立ち上る光の柱だ。

 この柱は「磁軸」と呼ばれる機構の一種である。詳細は省くが、この柱を利用すると離れた場所から場所まで瞬時に移動できる優れものだ。迷宮内にある磁軸は全て辿っていけばラガードの樹海入口まで繋がっており、つまりこれを利用すればわざわざ一階から上らずとも探索を進められるのだ。

 ネリネの質問を受け、ネツァクが柱を見上げて答える。

「既に起動している。問題なく使えるだろう」

「しかし、よく分からんな。起動した者にしか使えない(・・・・・・・・・・・・)というのは、どのような理屈なのだ?」

 ジョージが首を傾げる。彼の言うとおり、この機構は基本的に「樹海の中から起動した」者だけが使用できるものなのだ。実際に迷宮三階のこの地点まで来て光に触れていない者が、迷宮入口からこの場所に転移しようとしても、弾かれる(・・・・)。仕組みは分からないがそういうルールが働いているようだ。

 しばし考え込んでいたネツァクが再び口を開く。

「生体認証のような機構が組み込まれているのだろうが、実際どうなっているのかは分からない」

「せい……何?」

「まあ驚くような話でもあるまい。なにせ空に城を浮かべた話もあるくらいだ。思いもよらぬ超技術が出てきたところで、想定の内だ」

 平然とそう言って、ネツァクは荷物の中からアリアドネの糸を取り出す。釈然としない顔をしたジョージをはじめ他の面々も彼の元に次々と集まり、そのまま一行は迷宮を脱出した。……アリアドネの糸がどういう仕組みなのかは誰も気にしていないようである。


 街に帰ったら帰ったで、また大きな問題に巻き込まれることになった。

 大公宮の按察大臣曰く。迷宮第一層を巡回している衛士が行方不明になっているのだという。ここ数日で既に十人。異常なペースである。大臣は事情を説明すると共に、ミッションへの協力要請を打診してきた。ミッション……つまるところ、大公宮からの正式な依頼である。

 結局、『セフィロト』はミッションを受ける事になった。一歩退いてやり取りを見ていたアズからすると意外であったが、後でマルクトが言った事によると、別に衛士たちを心配しての決断ではないようである。

「公宮とコネが作れるなら、それに越したことないし。恩が売れる機会があるなら売っておかないとね。まあ、おれは衛士は全滅してるんじゃないかって思うけど」

「性格が悪い……」

「今更言う? でも生きてるなら急いで助けないとまずいよ。明日からの探索は衛士捜しに集中だね」

 ミッションを受けた理由はともかくとして、その言葉は正論である。アズは黙って溜息を吐いた。他の面々も特に反論しなかったので、翌日からの探索では衛士たちの創捜索に取り組むことになったのだった。


     ◆


 衛士たちが行方不明になった原因は、一層を闊歩する鹿の魔物「狂乱の角鹿」である――唯一まだ開けていない扉をくぐった先の光景は、騎士の言葉どおりの惨状であった。折り重なる衛士の遺体、地面を染め上げる黒ずんだ血の色。一瞥しただけでも、犠牲者の数は片手で数えられる人数を超えていることがすぐに察せられた。

 アズが思わず目を背けた瞬間に、つんざくばかりの咆哮が周囲の空気を揺らす。襟巻を口元まで引き上げたマルクトが険しい表情で周囲に視線を巡らせる。

「東。大きいのがいる」

「うむ、見えた。今まで見てきた鹿よりも強そうな個体であるな。鹿の親玉といったところか」

 木の陰に身を潜めながらそう言うジョージに倣い、アズも大広間の東側を覗き込む。確かに、そこにいたのはこれまでに遭遇した「狂乱の角鹿」よりもひと回り大きな体躯と立派な角を持つ大鹿だった。しかも興奮した様子でひっきりなしに頭を振っては蹄で地面を掻いている。その場から動く様子は今のところなさそうであるが……。

「後ろに、道があるね……」

 ネリネが困ったように呟く。彼女の言うとおり、大鹿が陣取っているその背後の空間は、細い道に続いているようである。大部屋の中に一行以外の人間の気配はなく、一部原形を留めていない遺体の正確な数を確かめることも難しい。それに、あの細い道は、大鹿に追われた人間が命からがら逃げ込むにはちょうどお誂え向きのように見える。

「どっちにせよ確認するしかないか。先行するから、奇襲にだけ気をつけて」

 マルクトがそう言って、先んじて広間の中へと歩み出る。一行も足音を殺しながら彼の後に続いた。周囲に魔物の影がないか気を配りながらゆっくりと先へ進んでいく。

 視認できる魔物は東側に陣取っている大鹿と、今までにも見てきたのと同じような「狂乱の角鹿」が二体。後者はそれぞれ狭い範囲を巡回していて無理やり通り抜けようとするのは危険そうだ。あまり派手に動いて大鹿を刺激するのも悪手であるし、果たしてどう動くべきか。

 広間の中央に茂る木立に身を隠して大鹿の様子を窺っていたマルクトが、ふと荷物の中に手を突っ込んであるものを取り出した。引き寄せの鈴である。

 この鈴についてはミッション受領時に大臣に渡されてからいくつか同じものを仕入れ、下階にいる鹿相手に使用して効果を確認してある。大型の魔物を引きつける音が鳴るというのは本当であるようで、FOE相手に上手く使えば誘導して道を拓くことも可能だろう。

 鈴を手に辺りを見回すマルクトの肩をネツァクがぽんと叩く。彼が無言で示した方向へと移動すると、マルクトは鈴についていた留め具を引き抜いて思いきり腕を振り抜いた。見かけに反してよく響く鈴の音が辺りにこだまする。

 大鹿が振り返った時には既にマルクトはその場を離脱して仲間の元へ駆け戻っていた。先頭にいたジョージが大きく手を振って後続を誘導する。大鹿はまったく狙いどおりの動きで、鈴の音がした地点へ移動していた。背後に隠れていた小道への入口が開く。

 広間の主が戻ってくる前に細い空間へ滑り込み、木立に身を隠して様子を窺う……大鹿がこちらへ向かってくる気配はない。一行は肩の力を抜いた。思ったよりもあっけなく、切り抜けることができたようだ。

「うまくいって良かった~。衛士はいる?」

「あっち」

 ネリネが細い指を道の奥へ向ける。辺りを確認してみても、他に人がいそうな場所はなさそうだ。彼女の言葉に従って道を進んでいく。

 通路の奥の小部屋に足を踏み入れた瞬間、押し殺した悲鳴が聞こえてきた。声の主はすぐに見つかった。部屋の奥に衛士がひとり、得物を杖に体を支えながら座り込んでいる。彼に最初に駆け寄ったのもネリネだった。体を強張らせる衛士の傍らに膝をつき、治療術を発動する。

「大丈夫?」

「ひっ……ぁ、ああ……君たちは、ぼ、冒険者の人たちか?」

 震える声で訊ねてくる衛士に、ネリネは笑顔で頷いた。刀から手を離さないまま歩み寄ってきたジョージが彼に声をかける。

「我々は大公宮でミッションを受けた冒険者である。この階で行方不明になった探索隊を捜せとのお達しであったが、おぬしがそのひとりであるか?」

「そうか……! 助かった、感謝するよ! いかにも俺は探索隊の生き残りだ」

 体の傷をネリネに治療されながら、衛士は語る。三階の探索を命じられた衛士たちは選りすぐりの部隊であった事。突如凶暴化した鹿の群れに襲われ、探索隊は彼ひとりを残して壊滅してしまった事。たまたま小道に近い場所にいた彼だけが、寸でのところで小道に逃げ込み、それから数日ここでどうにか命を繋いでいた事。

「みんな死んじまった。ここに来るまでいつもと同じだったのに」

 憔悴しきった声色でそう言う衛士に、応える者はいなかった。彼に応急処置を施していたネリネが小さく首を振って杖を下ろす。どうやらこれ以上は治療術での処置はできないようだ。衛士は足を負傷しているらしく、自力で動く事は難しい様子である。

 刀に手をかけたまま周囲の警戒を続けていたジョージが顎を撫でる。

「糸で街まで帰るべきだが、ここではな」

「うん。使うにしても、もう少し安全な場所に行きたいね」

 静かな空間へ急に人の気配が増えたことで、周りの空気が張り詰めているのが分かる。いつ茂みの向こうから魔物が飛びだしてくるか分からない状況でアリアドネの糸を使用するのは危険だ。負傷者もいる以上、安全を取った方がいいだろう。

 衛士はアズが担ぐことになった。怪我に響かないよう慎重に肩を貸す彼に、衛士は一言ありがとう、と告げてそれきり黙り込む。アズも何も言わなかった。魔物を刺激しないよう注意しながら小部屋を出る。

 大広間に入った時と同じように先行したマルクトが、小道の突き当たりに向こう側へ抜けられそうな隙間があるのを発見した。足早にそちらへ向かっていく一行だが、道中で左手側の茂みが音を立てた。構えを取る暇もなく飛び出してきたのは一匹のボールアニマルだ。獣は高い鳴き声を上げると、体を丸めて勢いよく転がってくる。

 直線的な体当たりをかわせば、ボールアニマルは反対側に立つ木の根元にぶつかって大きく跳ねる。着地して体勢を立て直すために体を伸ばしたところで既に構えを取っていたネツァクが引き金をひく。腹部に突き刺さったフレイムショットに悲鳴を上げて悶えたその隙に、駆け寄っていたジョージが首へ向かって刀を突き立てた。

 息絶えたボールアニマルを刀の先から振り落としたジョージが険しい表情で振り返る、その時には既に手遅れだった。大広間へ繋がる細い道の向こうで蹄を鳴らす音。

 大鹿がこちらを見ている。

 マルクトが鞄から取り出した引き寄せの鈴を放り投げるが、既に興奮状態にある相手には鈴の音も効果が無かった。ネツァクが隣にいたネリネの腕を引いて半ば突き飛ばすように抜け道の先へ押し出す。アズもまた、ジョージに背中を押されてそちらへ踏み出した。だが同時に大鹿が咆哮を上げる。衛士の引きつった悲鳴を耳元で聞きながら視線をそちらに向けたアズは息を呑んだ。ぐっと力の込められた前脚が地を蹴るのを見る。

 どうするべきか。そう思う一瞬が命取りだと分かっていても考えずにはいられなかった。足を止めてしまったアズの前にジョージが立ちはだかる……その時だった。木立の合間を縫って走ってきた何かが大鹿の足下に躍り出る。

 犬、だった。覚えのある艶のある黒い毛並みに大きな体躯。「クロガネ」だ。

 突如現れた獣の姿に大鹿がたたらを踏む。翻る黒い影に激怒した様子で暴れる鹿の攻撃を、クロガネは軽やかに避けきった。それを見届ける前に、抜け道の先から声が聞こえてくる。

「こっちだ、こっち! 急いで!」

 その言葉に突き動かされるように、一行は急いで抜け道を潜り抜ける。自由に動けない衛士を引っ張り出すように運び、最後に殿についていたジョージが飛び込むように隙間の先へ飛び込んだ。しばし構えを解かないままじっとしていると、やがて咆哮も蹄の音も遠ざかっていくのが聞こえた。静かになった森の片隅で、『セフィロト』はようやく肩の力を抜いて息を吐く。

「びっくりしたあ……! 空気読めないボールアニマルなんだからなあ、もう!」

「ひとまず切り抜けられて何よりであるな。あの犬のことが気になるが……」

「クロガネなら大丈夫だ。じきに戻ってくるだろう」

 そう言って一歩歩み寄ってきたのは、先程の声の主だった。ほっとした様子の彼に、マルクトがぺこりと頭を下げる。

「助けてくれてどうもありがとう、『ベオウルフ』」

「礼を言われる程の事でもないさ。冒険者は助け合いが基本だからね」

「他にやることがあるって言ってなかった?」

「そのつもりだったのだがね。ああ、君たちを信用していなかった訳ではないよ。いきなりクロガネが騒ぎ出したものだから」

 何かあったんじゃないかと思ってね、と、ギルド『ベオウルフ』の聖騎士――フロースガルは穏やかに笑う。彼の言葉に呼応するようにすぐ傍の茂みが揺れて、頭に葉っぱをくっつけたクロガネが顔を出した。大鹿を相手に大立ち回りしていた彼にも怪我は無いようだ。

 澄ました顔をしながら主人の足元に座ったクロガネだったが、葉っぱを払い落とすついでに頭を撫でられると控えめに尻尾を振った。小さく笑って相棒から視線を外したフロースガルが『セフィロト』の面々を見回す。

「怪我は……負っていないようだね。その様子だと」

「うむ、我々は無傷である。手負いなのはそちらの衛士だけであるな」

「そうか、とにかく無事で何よりだ。……あの魔物の様子は、尋常ではなかった」

 そう呟いたフロースガルの表情が、一瞬険しいものに変わる。だが、すぐに元の穏和な表情に戻ると、彼は地面にへたりこんでいる衛士の傍らに膝をついた。茫然としてしまっている様子の彼にも二、三言葉をかけて、ひとまず返事があったことを確認すると、フロースガルは再び立ち上がる。

「さて、では私はもう行くとしよう。彼の事は任せて構わないね?」

「うん、おれたちで街まで連れていく」

「頼んだよ。それでは」

 クロガネを伴い、にこやかに手を振って騎士は去っていく。その背中を見送ったマルクトはひとつ溜息を吐くと、自らの頬をぺちぺちと叩いた。鞄からアリアドネの糸を取り出す彼とそれを手伝うネリネをぼんやりと見ていたアズの腕を、いつの間にか隣に寄ってきていたネツァクがつんつんと小突く。いったい何だと振り返れば、彼は『ベオウルフ』が去っていった方角を見つめて小首を傾げていた。

「あれは誰だ?」

「誰って……『ベオウルフ』のフロースガルだ。三階に入った時に磁軸の説明をしてくれた……」

「フロ……磁軸の……?」

「ああ~もういい……」

 ネツァクの記憶力が終わっているのはいつもの事である。未だにアズたちの名前もうろ覚えなところがあるので、先日樹海で遭ったばかりの冒険者の存在など覚えていなくて当然だ。

 流石に気まずさを感じたのか「そうか……」などと呟いてそそくさと離れていくネツァクを横目に見ながら、アズは深く息を吐き出す。なんだか気が抜けてしまった。しばし眉をひそめて考え込んでいた彼であったが、やがてはっと我に返ると糸の準備を終えたマルクトたちの方へ歩いていった。早く迷宮を出て、衛士を薬泉院に連れて行かなければならない。


     ◆


 結局、探索隊の生き残りはあの衛士だけだったという。衛士を無事に送り届け、大公宮へミッション完了の報告へ向かった『セフィロト』に告げられたのは、新たなミッション発令のお達しであった。

 曰く。探索隊が行方不明になったのを皮切りに第一層の各所で本来存在しない筈の強力な魔物の目撃情報が相次いで寄せられるようになったのだという。詳しく調査した結果、その原因は第一層の最奥に棲み着いた魔物、百獣の王とも称される獣「キマイラ」にある事が分かった。この魔物はしばらく姿を見せない状況が続いていたのだが、最近になって再び存在が確認されるようになったらしい。

 実際に大きな被害が出ている以上、このまま放置はできない。大公宮がキマイラ討伐のミッションを発令するのは当然の事だった。

「そなたらにはすでに十分に働いてもらっているゆえ、強要はせぬ」

 じゃが、と溜息混じりに大臣は言う。

「一層より先に行くためには、あの魔物の縄張りは避けては通れぬ。どちらにせよどこかのギルドが討伐を請け負ってくれぬことには、誰も二層へ進むことはできぬのじゃ」

 ……結局、『セフィロト』はキマイラ討伐ミッションも受領する事になった。他の冒険者が討伐してくれるのを待つより、自分たちで積極的に動いたほうがいいと判断したためである。

「先に行かなきゃいけないからねえ」

 陳列された弓や矢を吟味しながらマルクトが言う。例によって買い物に付き合わされているアズは、彼の丸い横顔をちらりと見た。

 ここはシトト交易所である。冒険者向けの店が立ち並ぶ区画の中でも特に品揃えの良い、武具や防具を手がける工房を備えた店だ。色々な店を巡って吟味した結果、総合的にこの店がいちばん価格と品質の釣り合いが取れているとの結論が出たようで、最近の買い出しはもっぱらここで行うようになっていた。

 向けられた視線に気付いているのかいないのか、マルクトは独り言のように続ける。

「どっちにせよリスクはあるし。それならここで足止めを食らうより、ちょっと無茶する方がいい。……よくはないか」

「……お前、そもそも何のために世界樹に来たんだ」

 アズが問えば、マルクトは驚いたように振り返った。大きな目と視線が合う。しばしそのまま思案していたマルクトは、やがて大きな溜息を吐いて答える。

「仕事。とっても大事な。……唐突に訊いてくるじゃん。今まで興味なさそうだったのに」

「そこまで急ぐには理由があるんだろうと思っただけだ……」

「おれたちにも色々あるの。言っとくけど隠してるわけじゃないよ。おまえは死ぬつもりなんだし、別に話さなくていいと思ってただけ。聞きたいなら話すけど?」

 アズは口を閉じる。会話が終わったことを察したマルクトは、棚に並んでいた鏃をひとつ手に取って看板娘のいるカウンターへと向かっていく。どうやら購入する前に、工房の職人に何か依頼しに行くようだ。

 取り残されたアズは手持ち無沙汰に辺りを見回す。勝手に店を離れるわけにはいかないし、少しここで待っているほか無い。近くに並んでいる弓矢や銃のことはあまり分からないし、と、彼は店内を移動して剣や盾が並んでいる棚へと向かう。

 いま使っている剣は以前から使っている、手によく馴染んだものである。幸い刃こぼれもなくまだ十二分に使える得物であるが、もう片方の手に持っている盾は表面の傷が目立ち始めた。戦闘中に万が一の事があってはいけないのでそろそろ新調すべきだと思っているのだが、ギルドの財布を握っているマルクトに言い出すのが気まずくてなかなか言えずにいる。

 良さそうな軽盾はあるだろうかと商品を眺めていると、背後で入口の扉が開く音が聞こえた。看板娘のいらっしゃいませ! という元気な声を聞きながら何気なくそちらの方向を見たアズは、あ、と小さく口を開いた。すると相手も彼の存在に気付いたようである。片手を挙げて、ゆったりとした足取りで近付いてくる。

 白銀の鎧を脱いだ姿のフロースガルは、人好きする笑みを浮かべてアズに声をかける。

「やあ。また会ったね」

「……どうも」

「君たちの話は聞いているよ。ミッションを受けたようだね」

 そう言うフロースガルの声色は穏やかであるが、その表情には少しばかり曇りが見える。アズがひとつ頷けば、彼はそうか、と僅かに目を伏せて続けた。

「キマイラは以前の戦いで深手を負い、最近まで身を隠していたのだ。こうして出てきたという事は傷も癒えて万全の状態になったのだろう」

「よく知ってるな」

「色々あってね。……ヤツ以外にも、第一層には凶暴化した魔物が多くうろついている。気を付けた方がいい」

 そこで一度、フロースガルは言葉を切った。ふとアズの方を見て、それから彼の目の前にある棚を見て、ああ、と頷く。

「盾を買うのかい?」

「いや……まあ、一応」

「君が持っていた盾は、少し軽いように見えた。持ち運ぶには軽量のほうが楽だが、戦闘のことを考えるのなら少し重みがあった方がいい」

 君の体格ならこのあたりかな、と差し出された商品を思わず受け取れば、確かに普段使っているものよりも幾分か重い。が、大きさや持ち手の握り具合は確かに馴染むような気がする。

 盾を持った左手を何度か振って感覚を確かめるアズをじっと見ていたフロースガルは、やがて静かに口を開く。

「これは、そうだな。個人的な信念でしかないけれど……盾を持つのなら、自分自身を守れるようにもならなければね。己を軽んじるのは、守るべき命を軽んじるのと変わらない」

「…………」

「……すまない、余計な事を言った。新人冒険者にアドバイスするのはともかく、先輩風を吹かせすぎるのは良くない癖だね。忘れてくれ」

 そう言って苦笑し、彼は薬品類の棚からテリアカβをいくつか取るとカウンターへ足を向ける。さっと支払いを済ませ、踵を返して店を出て行きざまにもう一度アズの近くで足を止めると、フロースガルは微笑んで告げた。

「それでは、失礼するよ。君たちの武運を祈っている」

 出入口の扉が閉まる。しばしそちらをじっと見つめていたアズの背後から、軽い足音が近付いてくる。

「おまたせ~。ここの職人は腕がいいね、頼んだところすぐ調整してもらえちゃった」

 などと言いながらほくほくの笑顔で戻ってきたマルクトであったが、アズが持っている盾を見ると目を瞬かせた。あっと思って視線を逸らすアズに、彼は小首を傾げて問う。

「欲しいの?」

「ああ……えー……」

「それなら早く言えばいいのに。はいこれ財布。自分でお会計してきて」

 そんな言葉と共に差し出された財布を、アズはぽかんと見つめた。数秒後、早く~! と急かしてくるマルクトの声で我に返った彼は、財布を受け取ると笑顔の看板娘が待つカウンターへと向かっていった。少し、釈然としない気持ちである。

 結果として、フロースガルと顔を合わせたのは、この日が最後となった。


     ◆


 世界樹の迷宮の各階層には、たいていの場合、その階層でもっとも強力な魔物……階層の主と言って差し支えない存在が棲息している。この魔物は迷宮内の何らかの法則に組み込まれたものであるらしく、何度倒しても時間が経てば同じ場所に同じ魔物が戻ってくる。キマイラもまた、そういう存在だった。

 跳ね回るように駆け抜けたマルクトの足跡を、蛇の形をした尾が追う。毒を滴らせた牙が地面を抉るのを見ないまま彼は弓に矢をつがえて放った。本体の目を狙ったそれはしかし、大きく振るわれた翼に弾かれて宙を舞う。

「ネリネ!」

 振り下ろされた爪の軌道を刀で逸らして回避し、数歩退がりながらジョージが叫ぶ。彼の背後の安全な場所に控えていたネリネはすかさず杖を掲げた。発動した巫術が彼の力を飛躍的に高めていく。振るった刃が獣の肩から生える羊の角を斬り落とした。上がった咆哮が森を揺らす。

 キマイラが大きく頭を振って暴れたその隙に、後衛でじっと銃を構えていたネツァクが引き金をひく。精密に狙いをつけた弾丸はまっすぐに鋭い牙の隙間に飛び込んだ。着弾した術式弾から発生した小さな氷柱が獣の頬を内側から裂く。つんざくような悲鳴。

 いっそう暴れて辺りを滅茶苦茶にし始めるキマイラの尾が、次の弾丸を銃に込めていたネツァクに飛びかかっていく。彼の前に飛び込んだアズは、飛び散る毒と鋭い牙とを盾で薙ぐように防ぐとすかさず剣を振り抜いた。半端に切り裂かれた蛇の頭がだらりとぶら下がるのを見ながら背後のネツァクに問う。

「あと何発撃てる!?」

「二発。確実に当てたい。隙を作れ」

 端的な指示に返事をする事もなく、顎に垂れた汗を拭ってアズは再び駆け出す。キマイラの正面に立って攻撃をいなしているジョージを横目に後ろ脚の方へ回り込み、羽毛に覆われた腿に剣を突き立てる。相手の注意がジョージから逸れた。すぐさま体勢を立て直して勇猛に斬りかかっていく刀使いの姿に安堵しながら後ろ蹴りをかわして距離を取る。

 避けきれずに負った傷はネリネが逐次治療してくれている。パーティーにはまだ余裕があるが、反面キマイラは満身創痍だ。ただ、手負いの獣がいちばん恐ろしいなどというのは誰もが知っている事だ。命がけの反撃で致命的な傷を受けないうちに押し切るほかない。

「メディカ持ってない?」

 隣にやって来たマルクトが呼吸を整えながらそう言ってくる。アズは自身のポーチからメディカの瓶を取り出して彼に放ってやった。すぐに封を切って中身を飲み干すマルクトの表情には、色濃い疲労が見える。彼は戦闘が始まってからというもの、陽動に支援にと絶えず走り回っていて足を止める暇が無かった。

「もう少しでいけるか……」

 呟いて空になったメディカの瓶を鞄に突っ込み、マルクトはその場で二、三度飛び跳ねてから再び駆けだした。翻るマントの色が獣の注意を引きつける。アズも彼とは反対側へと走りだし、キマイラの足下へ滑り込んだ。前脚の毛皮の内に走る傷へ刃を突き立てる。

 これは、『セフィロト』が与えた傷ではない。

 とめどなく溢れる血が剣から腕を伝って服に染みこんでくる。振り払われそうになるのを何とか食らいついて、力ずくで剣をひねる――ぶちぶちと何かが千切れる感触が手のひらに伝わってきた。悲鳴を上げて暴れるキマイラのその動きは当初と比べて格段に鈍い。ネリネが杖を掲げる。再度巫術の支援を受けたジョージが、もんどり打つ獣の体に足をかけて一気に駆け登る。

「ぬ、おおおッ!!」

 気合一閃。全力で振り下ろした刀がキマイラの右眼をまっすぐに貫く。もはや声もなく絶叫を上げた魔物の、その口の中へ、ネツァクが放ったアイスバレットが着弾する。

 炸裂した術式弾が生み出した氷柱は、喉奥を貫いて頭蓋の内までも抉った。ついに力を失ってぐらりと傾いだ巨体からジョージが飛び降りる。構えを解かないまま慎重に相手の様子を窺っていた彼であったが、やがて深く息を吐くと刀を鞘へと収めた。

 振り返った刀使いの顔に笑顔が浮かんでいる事を確かめて。他の面々もようやくそれぞれの得物を下ろす。

「つ……っかれたぁ~……!」

「マルクトよ怪我はしていないか。歩けるか。抱えて帰るか」

「いや別にいいから。素材とってくる」

 ナイフを抜いてさっさとキマイラの亡骸に近付いていくマルクトを、怪我は……脚は……などと言いながらネツァクが追う。少し離れた場所でジョージとネリネがきゃっきゃとはしゃいでいるのを横目に、アズは脱力した腕をなんとか持ち上げて顔にかかった返り血を拭った。

 勝った、のだ。第一層の主・キマイラに。

 じっと立ち尽くしているアズを心配したのか、ネリネがちょこちょこと近寄ってくる。気遣わしげに見上げてくる彼女に首を横に振って応え、アズは辺りを見回す。戦闘前と比べて、周囲の雰囲気が少し落ち着いたように感じる。キマイラが倒されたせいだろうか。ひとまず、これで凶暴化していた魔物たちも多少は落ち着く事だろう。

「大臣どのにも早く報せねばな」

 快活に笑いながらジョージが言う。彼の背後では、キマイラの死骸から切り取った尻尾を抱えたマルクトとネツァクがこちらへ歩いてきているのが見えた。激しい戦闘で全員疲れている事であるし、今日はもう帰還した方がいいだろう。

「その前に、ちょっとだけ」

 ネリネがいつも通りの細い声で呟く。彼女が視線を向けた先を、アズもそっと見た。キマイラの縄張りから、ちょうど東の方向。人の目にも魔物の目にもつきづらい小道の行き止まりで、「彼」はきっとまだ待っている。


 『セフィロト』が大広間を出て小道の行き止まりに辿り着いた時、クロガネは先程と変わらない姿のままそこに佇んでいた。

 戻ってきた一行の姿を見て彼は小さく鳴いた。艶めいていた筈の毛皮にこびりついた血は、既に乾いて変色してしまっているようだった。駆け寄ったネリネが地面に膝をつけば、待っていたかのように口に咥えていたものを差し出す。それは、首輪だった。嵌まっていたものを力ずくで外したかのようにぐにゃりとよれた、上等な皮の首輪。

「……くれるの?」

 返事は無かった。代わりに、ネリネが差し出した手を一度だけぺろりと舐めて、それからゆっくりと目を閉じて黒犬は崩れ落ちる。

 倒れ伏したクロガネの体は既に冷たく、しかしその表情は眠っているかのように穏やかだった。乱れた毛並みを撫でて整えてやるネリネの隣にジョージが並ぶ。無言で視線を向けてくる彼にひとつ頷いて、アズも一歩踏み出した。

 埋葬には少し時間がかかった。遺骸が魔物に掘り起こされないよう、穴は深く深く掘る必要があった。ジョージとアズが二人がかりで彼らの膝よりも深い程度の穴を掘って、底にクロガネを横たえて埋め戻す。全ての作業が終わる頃には足下に落ちる影が少し長くなっていた。最後にマルクトが拾ってきた丁度良い大きさの石を突き立てて、墓標の代わりとする。

 ネツァクを伴って花を摘みに行っていたネリネが戻ってきたのを確かめて、置いていた刀を腰に差し直してジョージが呟く。

「主人の仇が討たれるのを見届けて逝くとは。これぞ忠臣の鑑よ。天晴れな最期であるな」

「東国の人って、やっぱりそういうの好きなんだ」

「それは個人の信条によるであろうなあ。我輩は、死に様とは生き様であると思っている故……」

 マルクトの問いにそう答えて、ジョージは目を細めて無骨な墓標を見つめる。

 『ベオウルフ』に何があったのか、『セフィロト』は噂程度の話でしか知らない。それでも分かる事はいくつかある。彼らには本来もっと多くの仲間がいたこと。キマイラと戦ってその仲間たちを失ったこと。フロースガルとクロガネは、たったふたりで仇討ちのためにキマイラに挑んだこと。

 『セフィロト』が大きな損害を被らずにキマイラを倒せたのは、相手が既に傷を負って消耗していたからだ。誰がその傷を与えたかなど、考えるまでもない。今回の勝利は、『ベオウルフ』の犠牲の上でもぎ取ったものだ。

「仇は討たれ、相棒は安らかに眠った。フロースガルどのの無念も、これで少しは晴れるというものであろう」

「そうかな。おれは死んじゃったら全部パーだって思うけど」

「それも、一理ある。他人の死に何を見いだすかなど、結局全ては生きている者の勝手であるからなあ……」

 そこでふと言葉を切って振り返り、ジョージは目を瞬かせる。その視線の先にいるのは黙って棒立ちになっているアズだ。

「アズ。顔色が悪いようだが、大丈夫であるか」

「え、もしかして穴掘ったら体調崩したの?」

「……いや……」

 俯きがちに応えたきり何も言わなくなったアズに、ジョージが首を傾げてマルクトは肩をすくめる。同時に墓標に花を供えて祈りを捧げ終えたネリネと彼女を見ていたネツァクが戻ってきたので、結局話はそれ以上続かなかった。

 アリアドネの糸を広げて帰還の準備に入る。街へ戻ったら大公宮にミッション完了の報告をして……それから冒険者ギルドに『ベオウルフ』の全滅を報せなければならない。

 転移の音が辺りに響く。微かな残響が風にさらわれ、後には静かになった森だけが残る。

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