【D2】2 かくして、新人ギルドは結成された。
「はあー! 着いた着いた! 疲れたゼー!」
大きな伸びをしながらそう言ったビリーに、ラウレアは首を鳴らしながら舌打ちをひとつ漏らした。
「ずっと寝てた癖に何言ってやがる。つーか服にヨダレ垂れてんぞ、汚ねぇな」
「えっマジ? これ洗って大丈夫なやつだっけ……」
襟元を確認するビリーをひと睨みし、彼を置いてラウレアは荷物を抱えて歩き出す。後ろから慌てて追いかけてくる足音を聞きながら彼女は街の向こう側にある大きな湖と、その更に向こうに聳える大樹を見た。
二人がハイ・ラガード公国郊外の農村から馬車を乗り継いで遙々オーベルフェまでやって来たのは、無論、世界樹の迷宮に挑むためである。彼らにとって馴染み深いハイ・ラガードの世界樹は踏破されて既に百年近くが経っているが、世界には未だ踏破されていない世界樹の迷宮も残っている。その一つがオーベルフェの世界樹だ。ラウレアとビリーもまた、世界樹のロマンに魅せられてやって来た冒険者なのである。
「まずは宿の確保と、いやギルド登録が先か? 腹減ったゼ~オーベルフェの名物料理って何だろ?」
「ちょっと黙ってろ。あとテメエ食い物にかまけて無駄遣いしたら殺すからな」
「ラウレアはオーベルフェでも口が悪いゼ……」
ビリーが肩を落とす。フン、と鼻を鳴らしたラウレアは近くに立っていた案内板を見上げ、冒険者ギルドの場所を探した。何はともあれまずはギルド登録が先だ。正式に冒険者として登録をしなければオーベルフェにおける世界樹の迷宮……通称『不思議のダンジョン』には挑戦できず、また登録しておくことで宿屋や酒場で様々なサービスが受けられるようになる。冒険者ギルドまでの道筋を頭に叩き込み、ラウレアは荷物を担ぎ上げてビリーを振り返る。
「おら、早く行くぞ。オレも腹が減った」
途端にぱっと目を輝かせて後を着いてくる分かりやすい幼馴染に小さな溜息を吐き、ラウレアは歩き出した。時刻は昼過ぎ、夕方までには宿を取って休みたいところである。
◆
「いやあ、助かった。これで安心して迷宮に行ける」
にこにこと笑う赤毛の青年に、ビリーはエヘヘと笑い返し、ラウレアは肩をすくめた。青年の隣では華美な衣装に身を包んだ女性が上品な仕草で揚げ物を口に運んでいる。辺りを見回してみれば、冒険者らしき者たちが各々料理を食べたり何やら話し込んでいたりと忙しそうにしている。聞くところによれば、ここ『黄金の麦酒場』は冒険者御用達の酒場であるらしかった。ほぼ満席のテーブルの間を縫うようにして、快活そうな看板娘があちこちへと料理や飲み物を運んでいる。
冒険者ギルドに辿り着いたラウレアとビリーは無事ギルドを立ち上げ、冒険者として登録がなされた。そのまま二人で探索を始めようと思っていたのだが、ギルド長であるトラオレに迷宮に挑むならば四人はメンバーがいた方がいいぞ、と言われて立ち往生していたのである。新しいメンバーを探すか、このまま二人で行くか。迷っていたラウレアとビリーに声をかけてきたのが、この二人であった。
「えっと、そっちがマルセル」
「うん、よろしく」
控えめに訊ねたラウレアに、青年は軽く手を挙げて応え、隣で揚げ物を食べている女性をそっと示した。
「そしてこっちが姉のユスティーナ」
「弟ともどもよろしく頼む」
ラウレアとビリーは顔を見合わせた。対面している赤毛の姉弟はこうして話してみる限り悪い人物ではなさそうで、おまけにある国の貴族であるため多少の資金も提供できると言う。ギルドメンバーがこうして四人集まったのはとてもありがたい事だが、それにしたってこんな『当たり』を早々に引いてしまって良いのだろうか。
「いやあ、私たちはまあまあ本気なんだが……これまで声をかけたギルドには、どうせ金持ちの道楽だろうって断られてしまってな」
「物分かりの悪い冒険者どもだ。何事も元手がなければ始まらないだろうに」
ユスティーナの言葉にマルセルがうんうんと頷く。確かに冒険を安全に進めるためにも資金はかなり大事だ。ビリーがラウレアの耳許に口を寄せ、そっと囁く。
「なんか良い奴そうじゃね? 金があるって言うんなら断る理由もないゼ」
「良い奴かどうかは分からねえ……が、確かにそうだな。とりあえず手を組むのもアリか」
「じゃーそうしようゼ。いざとなったら」
言葉を切ったビリーが机の下、ラウレアの腰に提げられた銃を指先でこつりと叩く。それを横目で見たラウレアは何も言わずに、トラオレから預かっていたギルドメンバーの登録書類を二人に差し出した。
「じゃあ、これに名前書いてくれ。こっちも新人だから大した事はできねえが、まあよろしく」
ユスティーナとマルセルが必要事項を記入している間、ビリーが運ばれてきたサンドイッチを貪りながら訊ねる。
「あんたらどこ出身? 俺らはハイ・ラガードの辺から来たんだけど」
「出身はアスラーガの近くだな。何代か前はハイ・ラガードに住んでたと聞いたけど……」
「へえ、アスラーガにもここと同じような迷宮があるんだろ? どんな感じだ」
「あれは十年ほど前に踏破されてしまった。今はほとんど観光地だ」
「やっぱそうか。ハイ・ラガードの世界樹もそんなかんじだゼ」
「世界樹は謎に満ちてる内が華、ってね。……さあ、書けたぞ。これをギルドに出せば登録完了か?」
マルセルが記入し終えた書類をラウレアに差し出す。端整な文字でサインされた書類を確認し、荷物を纏めて立ち上がったラウレアを見て、ビリーが慌てて残っていたサンドイッチを口に放り込んだ。
「オレらはギルドに行ってくる。ついでに宿も押さえたいとこだが、アンタらはどうすんだ」
「ああ、じゃあ一緒に行こう。……姉上、ぜんざいはまた今度食べましょう。あの、姉上、食べてたら時間が……」
メニューのデザートの欄をじっと見つめるユスティーナと姉を必死に宥めるマルセルを置き、ラウレアとビリーは酒場を出た。料金の支払いは二人が済ませてくれるだろう。
「今日は宿取って、探索は明日からか?買い物もしときたいとこだゼ」
「そうだな。つかテメエ、錬金篭手(アタノール)の整備ちゃんとしてんだろうな」
「アタノール? 全然バッチリ!」
「全然なのかバッチリなのかどっちだよ」
酒場の前で姉弟を待つ二人の傍にあるテラス席に、探索帰りだろうか、くたびれた表情の冒険者二人組が座る。こっそりと見つめる二人の視線には気付かないまま看板娘に麦酒を二杯持ってくるよう頼むと、片方の男が相棒に問いかけた。
「お前、聞いたか?辻斬りが出るって話」
「辻斬りぃ?」
「そう。迷宮に入って、たまたまはぐれたり何かして一人になった冒険者が斬り殺されて見付かるんだってよ。もう被害者は十人を超えてるとか」
「どうせあのでかい機械の兵士にやられただけだろ」
「いや、それがな。被害者の遺体を調べてみたら、全員の脱出装置が壊されてたらしい」
「緊急時に転送できるやつか?魔物の攻撃で壊れたんじゃないのか」
「魔物がわざわざ鎧の内側から装置を引きずり出して壊すと思うのか? とにかく俺らも気を付けようぜ。迷宮で人間に殺されるなんて堪ったもんじゃねえ……」
二人の話を盗み聞いていたラウレアとビリーは顔を見合わせ、揃って息を吐いた。まったく、運が良いのか悪いのか。
「魔物だけでもヤバいのに、人間まで襲ってくるなんてオーベルフェは怖いゼ」
「人間ならいいだろ。頭吹っ飛ばせば死ぬからな」
ビリーがラウレアの言葉に肩をすくめた丁度その時、ユスティーナとマルセルが酒場から出てきた。どうやら代金の支払いも済ませたようだ。
改めて全員の顔を見回し、ラウレアが書類を持った手をひらりと振る。
「さて、そんじゃ行くか」
かくして、新人ギルド『アルデバラン』は結成された。この先彼らに待ち受けるものが一体何なのか、それを知る者はまだ誰もいない。
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