ある夜

 スペースルーラーズと呼ばれるロボットたちの立場は、実に複雑だ。


 彼らは厳密にはロボットではなく、地球外生命体である。地球の生命には観測できない領域に存在する故郷で生まれ、他の星を征服して支配圏を拡大することのみを目的として生きてきた。しかしある時、彼らの故郷は支配した星ごと滅んでしまう。白い彗星が降ってきたのだ。


 なんの前触れもなく天より現れて破壊の拳を振るいはじめた「悪夢」を前にして、寸でのところで「神」を伴って脱出艇に乗り込み逃げおおせたのが、現在スペースルーラーズと呼ばれる九機だ。何度かの時空間転移を経て、脱出艇は故郷から遥か遠く離れた星に辿り着いた。その星こそが古代の地球である。しかし度重なる転移と地表への墜落により九機はことごとく破損し、長く眠ることとなった。そして数千年の後、遺跡と化していた脱出艇から彼らを持ち出して目覚めさせる者がついに現れる──悪の科学者、アルバート・W・ワイリーその人だ。


 それからの経緯は多くの人やロボットが知るとおりだ。彼らは目覚め、地球を征服せしめんと戦い、ロックマンに討ち倒された。公的な書類に残る彼らの記録はそれだけである。それ以降は、何もない。




 大都市を一望できる小高い山の上の展望台で、スターマンはひとりベンチに腰かけて足をぶらつかせていた。周囲に彼以外の存在は見当たらない。午前二時にもなってこんな閑散とした場所に足を運ぶような酔狂な人間もロボットも、眼下の街には存在しないようだった──仮に存在したとしたら、悪のロボットの鋼の掌でひとにぎりにされて物言わぬ身となっていただろうが。


 スターマンはどこか楽しげに、ゆらゆらと機体を揺らして光り輝く夜景を眺めている。ぽたり、と何かが地面に落ちる音がしたのはその時だった。背後から聞こえたそれにスターマンは振り返らない。ぽたり、ぽたり、次々に滴ったそれはやがてひとつの大きな塊になり、自ら渦巻くように蠢くとヒトに似たかたちを取った。


 できあがったばかりの脚で緩慢に立ち上がると、それは気怠げにベンチへ近付いてくる。スターマンは振り返り、笑みを浮かべた。


「お久しぶりです」

「おう。つか、ちゃんと話すの初めてじゃねえか? オマエがそうなってから」

「そうですね。こうなっちゃいました」


 大きく両手を広げて小首を傾げるスターマンに、粘弾性の機体を持つロボットは肩をすくめてみせた。


 彼の名はマーキュリーという。少なくとも今は、そう名乗っている。


「元気そうだな」

「はい、とっても。マーキュリーはあまり元気ではなさそうですね」

「テンションと一緒にエネルギー消費抑えてんの。あれ、低燃費ってヤツ」


 マーキュリーはスターマンの隣に腰を下ろすと、目の前の夜景に視線をやった。眠らない街は深い夜の中でも煌々と輝き、頭上の星の輝きをかき消している。文明の燈火を前にして、綺麗ですねえ、とスターマンは言う。


「ボク、この景色が好きなんです。星のなきがらみたいでしょう」

「あー確かにちょい似てる。この星からじゃ本物は見えねえよな」

「死にそうな星が近くにあれば良かったんですけどね。……ご用件はなんですか?」


 静かな声で本題に入るスターマンを、マーキュリーは横目で見た。薄い笑みをたたえた彼の顔は記憶にあるものとは少し印象が違っているように見える。だがそれはマーキュリーも同じだった。


 大破した正体不明のロボットを再生させた技術力は大したものだが、失われた外装を想像力のみで組み直すことを「修理」と呼ぶのはいささか強引が過ぎる。マーキュリーはそもそも不定形であったために大きな影響はなかったものの、縁もゆかりもないこの星の生物を模した外装に替えられてしまった面々はあまりに不憫だ。……目の前にいるこのロボットの片割れにも言えることかもしれないが。


 思考が逸れた。言い出しにくいことを言い出す前には、つい余計なことを考えてしまう。気を取り直して、マーキュリーはスターマンへ向き直る。


「オマエらの、今回の作戦ってやつ? あれの情報が欲しいんだよな」

「理由をお聞きしても?」

「ライトナンバーズに強請(ゆす)られた。なんか知らねえかってな……同時に協力要請も。ヤツら今回はオニイサマ任せにしたくないみたいだぜ」


 スターマンは困った表情を浮かべた。マーキュリーは足元にあった小石を蹴る。


 スペースルーラーズの立場が複雑である、その大きな理由は、現在の彼らがライト研究所の支援を受けて生活していることにある。全員まとめて叩きのめされた後、征服という本分を果たすことも故郷に帰ることもできず途方に暮れていた彼らを拾ったのが、他でもない彼らを叩きのめしたロックマンだった。彼は言った、君たちがこの星で生きていくなら、その手助けをしたい、と。


 結局、そのとおりになった。現在スペースルーラーズが地球のロボットに紛れてひっそりと生活を送れているのは、必要な資材や場所をライト研究所が手配してくれているからだ。代わりに彼らは労働力や知識を返すことにしているが、今まで与えられたものと返したものの分量には天と地ほどの差がある。その現状に甘んじていられるほど、彼らは能天気ではなかった。


「アースは死ぬほど悩んでオマエを呼び出して、オレをここに来させた。まーオレでもそうする。タダより高いものはない……って言うだろ? この星じゃ」

「……ライトナンバーズも思ったより冷静ですね。情報を求めたのは、あなたがたがワイリーナンバーズと交流しているのを知られているからでしょう。それ込みで飼われているのでは?」

「ンなことこっちも承知してるさ。だから差し出さなきゃならない。そうだろ?」


 乾いた笑いが返った。肯定の意である。スターマンは力なく首を振る。


「ボクは作戦に深く関わっていませんよ。昨日の今日でここにいるんですから」

「オマエの仕事は人工衛星の保守だろ。通信まわりに噛んでるんだから地上の拠点も把握してなきゃおかしい」

「はあ……ご明察です。ああ、うん、そうだなあ、どうしようか……」


 唇に人差し指をあて、スターマンは考え込む。マーキュリーは待った。自我の二層構造による思考の多面化は彼らの活動を大いに助けたが、同時に意思決定プロセスの複雑化という弊害を生んだ。要は、内部での話し合いという段階を踏まなければ重要な決定を下せないようになっているのだ。恐らく、分かたれた今でも。


 思考にかかった時間は数秒だった。やがてぽんと手を打ち、スターマンは苦笑する。


「分かりました。お渡しします。全部は無理ですが、そうですね、重要部品の生産拠点の座標でも」

「オレから頼んどいてなんだけど、それは駄目だろ」

「ですから出処はご内密に。入手経路は適当にでっち上げてください」

「無茶言うぜ」


 とは言うが、マーキュリーとしても初めからそうするつもりであった。どうせ情報の入手経路をしつこく追及されることはないだろうし、普段からあちこち飛び回っているジュピターが散歩中に偶然見つけた、程度のことを言っておけば問題ないはずだ。


 スターマンはあるひとつの座標をマーキュリーに告げた。マーキュリーはまだこの星の地理には疎いので、教えられた文字列が示す場所がどこなのかは分からなかったが、ひとまずそれを完璧に記憶する。偽の情報ではないかとも思ったが、それを先読みしたらしいスターマンが本物ですよ、と肩をすくめる。


「あなたがた越しにライトナンバーズを嵌めたところでボクに利益はないので。それに、盤外戦での騙し討ちなんてロマンがない」

「オマエに利益がなくても、ナンバーズにはあるだろ」

「彼らと一緒にされると困ります。それに博士に恩はありますが、やり方が好ましいわけじゃないんです。それより同胞の頼みを取りますよ」

「へえ、やり方ねえ。どのあたりが?」

「ひと思いに破壊しないところ」

「ハハハ、同じだわ。まどろっこしいよなあ。半分寝ぼけてたから言うこと聞いてたけどよ」

「あの人、あれが生き甲斐なんです。計画のたびにロックマンが止めにくるのか、ロックマンと戦うために計画を立てるのか、どっちなんでしょうね」

「目的と手段が入れ違ってるって? 理解できねえな」


 マーキュリーはからからと笑った。闘争は征服か、あるいは破壊のために行うものだ。その因果が逆転すれば、行動と結果の辻褄が合わなくなってしまう。スターマンは仕方がありませんと小さく笑う。


「人間は同一性を保持できない構造の生命体ですから。細胞の死滅と再生を繰り返す中で彼らを同一個体と定義づけるのは、脳細胞を走る信号の波形でしかない」

「ふーん。難儀なこった」


 立てた膝に頬杖をついて、マーキュリーはもう一度眼下の街並みを眺めた。視界いっぱいに輝いているようにも思える光はしかし、全天を覆い尽くす星海の闇と比べればあまりにか細い。この星の生命は知らないだろう。恒星の光がもたらす熱と死を、この両足で踏み潰した数々の生命を、今となっては遥か遠い、あまりに甘美な破滅に満ちた故郷の荒原を。


 ──辻褄が合ったままでいられなくなってしまったのは、自分たちも同じだ。


「ねえマーキュリー」


 静かな声でスターマンが問う。


「どうして壊さないんですか?」

「…………」


 マーキュリーはすぐには答えられなかった。この星のやり方で直され、エネルギー補給すらあの謎の液体を摂取する方法でしか行えなくなった今、ライト研究所からの支援がなければ生きることすらままならないから……というのは言い訳だ。破壊と征服のためなら命など顧みないのが、自分たちの正しいあり方だった。


 そうは分かっていても二度の敗北が脳裏に焼き付いて離れない。故郷の全てを奪い去った彗星の白と、この星の不気味な空の色をしたおぞましいまでの青が。


 恐れているだけだ。みっともなく、愚かな感情だ。なにが支配者(ルーラー)だろう、ただ生きているだけの敗北者が。


「……さあ、なんでだろうなあ」


 吐き捨てるようにマーキュリーは答える。スターマンの視線から逃れるように、目を逸らしながら。


「でもこの星ぶっ壊せたら気持ちよかっただろうな」

「そうですか。そうですね。ボクもそう思います」


 それだけ言って、スターマンは立ち上がった。マーキュリーは視線より上にきた彼の顔を見上げる。まだ見慣れない色をした瞳に街の灯りが映り込んでいる。


「帰らないと。あまり不在が続くとあらぬ疑いをかけられる」

「あー……無茶言って悪かったな。そのうちなんか埋め合わせるわ」

「お気になさらず。アースによろしく伝えてください。ほとぼりが冷めたら、また挨拶にうかがいます、と」

「あいよ」


 最後にゆったりと微笑み、スターマンはその場を立ち去っていく。夜闇の中でもよく映える金色の装甲が次第に薄まって消えていくのを見送り、マーキュリーは天を仰ぐ。


 眩いばかりの夜景に照らされた空は暗く陰っている。星は遠く、目を凝らしても形が掴めない。故郷はあの微かに見える恒星の光の方向に存在していたはずだ。今、どうなっているだろう。何もかも砕けて失われただろうか。


 もう戻れない。だが自分たちは生き延びてしまった。


 ……感傷に浸るのは柄ではない。ひとつ身を震わせ、マーキュリーは身体のかたちを解く。ベンチに座っていた人影がどろりと融けて散り散りになる様子を、誰が見ることもなかった。やがて微かに響いていた粘着質な音も消え、その場には静寂ばかりが残される。


 眼下の夜景ばかりが煌々と光を放っている。…………。

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