【SSQ2】3 新しい仲間

「……ギルド加入希望者?」

 素っ頓狂な声を上げたロアに、冒険者ギルドの長・マリオンはひとつ頷いた。

「冒険者が二人、加入できるギルドを探しているのだ。お前達さえ良ければ、『白妙の花冠』を推薦しようかと思うのだが」

「はあ、それはまた……何故?」

「金が無いなどと言っていただろう?この冒険者というのが、採集の技能に長けた者達なのだ。専門の人員を雇い入れて採集による収入を得る事はギルドの安定にも繋がる。そう悪い話でもあるまい」

「まあ、そうですけど……」

 安定した収入、というのは中々に魅力的なフレーズだ。五人だけでは普段の探索で手一杯で、どうしても採集にまでは手が回らない。だが、新人を入れるとなるとどうしてもギルドにとっては大きな決断となる。そういきなり言われても困ってしまう。

 思い悩んだ様子のロアにやれやれと頭を振ってマリオンは言う。

「まあ、一度会ってみるが良い。悪い者達ではない筈だ」


 そんな訳で、現在ロア達『白妙の花冠』の目の前には二人の加入希望者が立っている。一人は緑の帽子を被った少女で、もう一人は赤いマントを身に纏った青年だ。

「初めまして!わたしモモコって言います。レンジャーです!こっちはカースメーカーのナギくん」

 少女が元気よく言い、隣の青年を指さす。青年はにっこりと微笑んで会釈しただけで何も言わなかった。

 五人は顔を見合わせた。果たしてどう反応すべきか、そして何を話すべきか。まったく分からない。困惑しきった表情で二人を見ていたセルジュが、意を決したようにハイ質問、と手を挙げる。

「ええと……どうしてギルドを探してるんだい?自分達で立ち上げた方が楽じゃないかな」

「それはですね。わたし達、世界樹の探索が目的ではないんです」

「……と言うと?」

 訊き返したマチルダに、モモコは小首を傾げながら答える。

「わたし達の目的は世界樹で採れる有用な植物や鉱物……その中でも医療に転用できる素材です。採集の為には世界樹に入らないといけませんが、わたし達二人だけでは魔物に食べられるのがオチです」

 確かに、とチアキが頷く。野伏(レンジャー)も呪言師(カースメーカー)もどちらかと言えば後方支援を得意とする職だ。力はあまり強くなく、防御面も心許ない。二人だけでは強力な魔物には到底太刀打ちできないだろう。

「……しかし、採集が目的である以上、新たにギルドを立ち上げて仲間を集うのも難しい。そこで、わたし達を採集専門の冒険者として受け入れてくださるギルドを探していたのです」

 五人は顔を見合わせる。なるほど事情は分かったが、そうなるとまた新しい問題が出てくる。それは現時点で二人をギルドに入れたところで、どのみち採集部隊を作る事はできないという事だ。現在の『白妙の花冠』のメンバーは五人。誰かを採集に回すと探索が立ち行かなくなってしまうし、かといって普段の探索と採集の二つの仕事を掛け持ちするというのも辛いものがあるだろう。しかし採集による安定した収入は魅力的で、喉から手が出るほど欲しいものであるという事も事実だ。

 モモコとナギは不安そうな表情で一同を見ている。小さく息を吐き、ロアは二人に告げた。

「今日は保留だ。きちんと話し合ってから改めて連絡する」


   ◆


「僕は反対だな。探索が疎かになったら本末転倒だ」

「私は良いと思うわ。私達も損はしない訳だし、困ってるようなら手伝ってあげないと」

「おれもそう思う……今のままだと、何かあった時の補欠もいないし」

「でも、そうなるとあの二人以外の採集メンバーはどうなるの?不安要素ばかりだわ」

 自分以外の四人がああだこうだと議論する声を聞きながら、ロアは酒場までの道を考え事をしながら歩いていた。

 あの二人を迎えて採集部隊を組むなら、少なくとも一人、前衛をこなせる職業のメンバーが欲しい。今いる五人の中で前衛はチアキ、セルジュ、ロア自身の三人だが、チアキとセルジュでは耐久面に問題がある。かといってロアもそこまで防御が得意な訳でもなく、二人を守って戦うにはあまりに不安が大きい。採集部隊は魅力的だが、やはり諦めるしかないか。せめて、防御に秀でた者が仲間にいれば……。

 などと物思いに耽っている内に、気付けば『鋼の棘魚亭』は目の前だ。扉を開けて店内に入ったロアは、視界の端に見覚えのある姿を見付けて思わず目を丸くした。カウンター席に座っているその背に近付き、声をかける。

「貴方……エドモンドか?」

「ん……ああ、『白妙の花冠』か。こんにちは」

 振り返ったエドモンドはにこやかに片手を挙げる。つい先日迷宮で助けたばかりの男に、ロレッタが気遣わしげに問いかけた。

「身体はもう大丈夫なんですか?」

「本調子ではないがね。職を失ってしまった今、いつまでも寝ている訳にはいかない」

 苦笑して酒の入ったグラスを呷るエドモンドの目の前には、何枚かの紙が広げられている。いずれもギルドメンバー募集のチラシだ。

「冒険者は続けるのか」

 チアキの問いに、エドモンドは少しばかり困ったような表情を見せた。チラシを一枚つまみ上げ、弄びながら応える。

「この街で流れ者ができる仕事なんて、冒険者くらいしか無いからね。……だが、私のような中年を雇い入れてくれるギルドもなかなか居なくて困っているよ」

 エドモンドは三十代後半である。若者の冒険者が多い現状では、新たなギルドを見付けて加入するというのは難しいかもしれない。世知辛いものである。

 暫し神妙な顔をしていたエドモンドだったが、やがてチラシを手放してグラスを持ち上げると『白妙の花冠』に向かって穏やかに笑いかけた。

「君達は探索帰りかい?よければ、一緒にどうかな」

「探索帰りではないですけど、そうだな、是非……」

 と、セルジュが言いかけたところで、ロアがあっと大きな声を上げる。驚いた振り向いた五人の視線を受けながら、彼女はにんまり笑う──何だかどこかで見た事のある光景だ。

「良い事思い付いた」


   ◆


「……と言う訳で、採集部隊結成!」

 ロアの一声と共に、一斉に拍手が鳴り響く。宿の共有スペースに響いたその音に何人かの冒険者がぎょっとして振り向くが、ソファー二つをまるごと占拠した『白妙の花冠』はその視線には気付かなかった。

 膝を突き合わせて座る彼らの中央にいるのはモモコとナギ、それからエドモンドの三人で、彼らは揃って安心したような笑みを浮かべていた。ギルドメンバー登録の用紙を差し出しながら、セルジュが言う。

「いや、ロアにしては本当に良いアイディアだと思うよ。ちゃんとしたパラディンがいてくれれば浅い階層なら三人でも探索できるだろうし」

 ひとえにパラディンとは言っても、その出自は人によって様々だ。特に冒険者をやっているパラディンの多くは大抵が鎧と盾を装備しただけの初心者か、騎士養成学校を卒業したはいいが騎士団に就職できなかった落ちこぼれである。騎士団に所属していた経験のある"正統な"聖騎士はごく少数しかいない。エドモンドは、そのごく少数のうちの一人だった。

 セルジュに笑みを向けられ、エドモンドは思わずといったように苦笑する。

「そう期待されても、困ってしまうよ。だが、私は二度も君達に救われた身だ。騎士としてこの恩は必ず返そう。……具体的に言うと、現金収入で」

「それは有り難い」

「お礼を言うのはわたし達の方ですよう!本当にありがとうございます!一生懸命頑張りますね!」

 ガッツポーズをするモモコの隣でナギがぺこりと頭を下げ、何やら意味深げに両手を動かした。きょとんとする一同に、横目でそれを見たモモコが告げる。

「『ふつつか者ですがよろしくお願いします』だそうです。ナギくんは謙虚ですね!」

 どうやらモモコにはナギの仕草に込められた意味が分かるらしい。……まあ、こうして通訳してくれるのなら特に問題は無いだろう。

 マチルダが荷物から丸めた紙束を取り出し、モモコにそっと差し出す。

「とりあえず、地図の写しを渡しておくわ。と言っても三階までしか無いんだけどね」

「大丈夫です。わたし達が慣れるまでしばらくは一階だけ回るという話になっていたので。……ね、エドモンドさん」

 エドモンドがこくりと頷く。短期間とはいえ探索経験のある自分はともかく、モモコとナギは迷宮初心者だ。いきなり二階や三階でイモムシや毒アゲハに怯えながら採集するより、一階から少しずつ慣れる方が良いだろう、というのが彼の言で、それには他のメンバーも全面的に同意だった。

「……とりあえず今日は結成祝いって事で、飯でも食べながら色々話そう!女将さーん!」

 ロアの呼び声に女将のハンナは朗らかな笑顔ではいよー!と応え、良い匂いのするスープがなみなみと入った大鍋を持ってきて長机の上に置いた。彼女の作る家庭料理はどれも絶品で数々の冒険者を虜にしてきたが、それは『白妙の花冠』もまた同様であった。

 透き通った琥珀色のスープを前にして、チアキが手を合わせて呟く。

「いただきます」

「……?何それ?」

「あ……こっちではしないんだったな」

 ロレッタに問われ、彼は控えめにはにかむ。

「そうだな、食事の前に、自然の恵みと料理を作ってくれた人に感謝する儀式……みたいなものだ」

「へー、なんか良いねそれ」

 これでいいの?とロレッタが手を合わせ、他の六人もまたそれに倣う。集まる視線にチアキは暫し困惑したようにあの、だのいや、だの呟いていたが、やがて小さく息を吐くとよく通る声で言った。

「いただきます!」

『いただきまーす!!』

 新たな仲間を加え、騒がしい夜は更けていく。

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