【SSQ2】4 メシエカタログ
「ワアー美味しそうな鹿肉だあフフフ」
「うわあロアが混乱してる!ロレッタ治療ー!」
「はあーい。そりゃあっ!!!」
「あべしっ!!」
「うおお何故チアキを殴る!?まさか君も混乱してるのか!!」
「力こそメディスン……」
「何を言ってるんだ!」
「鹿肉いただき!!」
「ひでぶっ!!」
「ロアまで!君らもう少しチアキに優しくしろ!心も体も脆い男なんだから!!」
「ううっ……その一言にいちばん傷付いた……」
「あっ雷で殴ってたら鹿死んだわ」
◆
世界樹の迷宮を探索するギルドは、多くが冒険者のセオリーに則った五人パーティー制を取り入れている。冒険者ギルドの推奨する探索人数が五人であるからだ。しかしそれに逆らい、敢えて少人数で樹海に挑む冒険者もある程度の数は存在している。無論、人数が少なければ少ない程、全滅する可能性は高くなる。それでも彼らが頑なに少人数での探索を続けるのは、ひとえに冒険者としての矜持のために他ならない。
『メシエカタログ』も、そういった少人数制のギルドのひとつである。メンバーは前衛二人、後衛一人の三人。一般のギルドより二人少ないというハンデを負いつつも、彼女らは目覚ましいスピードで一気に四階まで踏破している。
「とは言っても油断は禁物だ。これから先は特に慎重に行かないとね」
そう言ったのはリーダーのミシェラで、彼女は顔の右側にかかる青い髪を鬱陶しそうに掻き上げながら剣に付着した魔物の体液を振り払った。地面に落ちたフクロウから羽と嘴を剥ぎ取っていた巫医の少女が振り返って唇を尖らせる。
「早く進まないと追い越されちゃうよ。例の魔獣討伐、『ベオウルフ』が狙ってるんでしょ?」
「私達は他のギルドと競争してる訳じゃないよ、ノノン」
ミシェラのたしなめるような声に、ノノンは不服そうな様子で剥ぎ取った素材を鞄にしまい込む。
「でもなんか悔しいじゃない!知ってる?最近注目されてる新人ギルド、公国直営料理店の運営協力に指名されたらしいの。アタシ達の方が先輩なのにー!」
ミシェラは何も言わず肩を竦める。最近話題の新人ギルド──言わずもがな『白妙の花冠』の事である──が公国の按察大臣であるダンフォード老にやたらと気に入られているという話は聞いているが、だからと言って焦る必要など無いだろうに。探索などそれぞれのギルドのペースで進めるものだ。確かに噂の新人の事は気にならないでもないが、いちいち他人など気にしていては視野が狭まってしまう。
「よそはよそ、うちはうち。急いで進んで取り返しのつかない事になったらどうすんの」
「だって負けたくないんだもん……」
「お嬢様。ミシェラ様の仰る通りですよ」
言いながら木陰からぬっと顔を出したのは、身の丈二メートルを優に超す大柄なパンダであった。そう、パンダ。白黒の毛皮を身に纏ったクマに似た哺乳動物の、あのパンダである。ノノンの事をお嬢様と呼ぶこのパンダは、世にも珍しい人語を喋るパンダなのだ。名をパン左衛門という。
「急いては事を仕損じる、とも言います。なに、世界樹は逃げません。慎重に参りましょう」
「パンさん、良い事言うね」
ミシェラの嬉しげな声にパン左衛門はこくりと頷き、未だにむくれているノノンへと向き直る。
「四階の地図は完成しました。採集場所を回ったら、今日は帰りましょう」
「……分かったわ。でも他のギルドには絶対負けないんだからー!」
だから勝ち負けとかではなくて、と口をついて出かけた言葉をミシェラは寸でのところで飲み込んだ。これ以上言っても、ノノンの機嫌が更に悪くなるだけだろう。横目でちらりとパン左衛門の方を窺えば、彼は黒毛の真ん中にある青い目をゆるりと細めた。
ノノンにも困ったものだ。彼女の実力は他の冒険者より頭ひとつ抜きん出ているが、性格に関しては少々負けず嫌いで勢い任せなところが目立つ。ミシェラやパン左衛門からすれば、見ていて不安になる事も少なくはない──同時にそこが可愛くもあるのだが。
◆
採集を終え、徒歩で一階へと戻ってきた二人と一匹は、迷宮の出入口近くで固まってへたり込んでいる五人組を見付けて顔を見合わせた。何だかやけにぐったりした様子の五人──つまり『白妙の花冠』は、今まさに一階を徘徊するF.O.E『狂乱の角鹿』を二体ほど討伐してきたところだったのだが、それを二人と一匹が知る筈も無い。何やってるんだと怪訝な目で見ていたミシェラの服の裾をノノンがぐいと引く。
「どうしたの」
「あれよあれ!例のギルド!」
へえ、あれが。それにしては何だか覇気が無いなと冷静に観察するミシェラだったが、ノノンはそうではないらしい。妙に敵愾心のこもった目で『白妙の花冠』を見つめるノノンに、パン左衛門がたしなめるように声をかける。
「お嬢様」
「分かってるわよ、何もしないわ。……でも、なんか頼りなさげな連中ね」
「そうかな?ちょっと声かけてみようか」
「えっ!?」
ノノンが止めるより早く、ミシェラは『白妙の花冠』につかつかと歩み寄っていく。
近付いてくるミシェラの姿に最初に気付いたのは刀を抱えて樹の幹にもたれかかっていたチアキだった。あ、と小さく声を上げて刀に手をかける彼に、仲間達も何だ何だとミシェラを見つめる。彼女は片手をひょいと挙げ、明るく笑って声をかけた。
「こんちはー、どうしたんすかそんな所に座り込んで」
挨拶ついでにギルドカードを見せたミシェラに、『白妙の花冠』も警戒を解いた。同じようにギルドカードを差し出しながらセルジュが応える。
「こんにちは。いや、その辺をうろついてる鹿の角を採ってこいって依頼を受けてね。どうにか狩ろうとしてたんだけど……」
「一体目をウッカリ術式で倒しちゃって、角を駄目にしちゃったのよね……二回も戦って、もうヘトヘトよ……」
マチルダがげんなりした表情で荷物の中から覗いている角の先端を撫でる。『狂乱の角鹿』は、角に触れられるとひどく暴れる性質がある。戦闘中に角を切り落とす事は不可能だが、かといって討伐した後で角を採ろうとしても、地面に崩れ落ちたその拍子に角が折れたり欠けたりして駄目になってしまう事がほとんどなのである。それ故、鹿を瀕死の状態まで追い込んでから切り落とすことでしか完全な状態の角を手に入れる事はできないのだ。
ミシェラは相槌を打ちながらも、内心驚いていた。ごく浅い階層に生息する魔物とはいえ、『狂乱の角鹿』は強力なF.O.Eだ。それを二体連続で打ち倒すとは。追いかけてきたノノンもミシェラと同じ事を思ったらしい。神妙な顔付きで『白妙の花冠』の様子をじっと眺めている。
「君らは三人……いや二人と一匹?で探索してるのかい」
「三人、で構いませんよ。吟遊詩人の方」
「アッえっ!?熊が喋った!!」
のそのそと近寄ってきたパン左衛門の声にセルジュが思わずといったように後ずさる。セルジュだけでなく、他の四人もたいそう驚いた様子だ。
「熊じゃなくてパンダじゃない?」
「……中に人でも入ってるのか?」
「北国の熊猫は喋るのか……西洋の神秘だなあ……」
「ふわふわね……あの、触っても良いかしら?」
「どうぞ、美しいお嬢さん」
「あら美しいだなんてうふふ」
ご機嫌にパン左衛門の毛皮を触り始めるマチルダはさておき、気を取り直したセルジュがごほんと咳払いをひとつしてミシェラとノノンに向き直る。
「僕らは五人でも結構ギリギリなのに、三人でやってるのはすごいなあ。どこまで行ってるんだい?」
「さっき四階の探索を終えたよ。明日から五階かな」
「私達より進んでるな。あのフクロウやトカゲを三人で捌けるのか……」
ロアが感心したように呟く。ミシェラはいやいやそれほどでも、と軽く受け止めるが、隣に立っているノノンは何だか目が泳いでいる。ミシェラとパン左衛門は知っている。ノノンはおだてられる事にとても弱いのだ。
「ほ、褒めたって何も出ないわよ」
「?いや思った事を言ってるだけだが……」
「ねえ!もしかしてあなた巫医?」
急に声を上げてロレッタがノノンに詰め寄る。ノノンが目を丸くしてこくこくと頷くのを見て、彼女は目を輝かせて更にぐいと顔を近付けた。
「巫医の医術はどんな薬を使ってるの!?メディックの薬品とは違って、錬金術の媒体に近い物が多いって聞いたわ。呪術的要素を含む医術は学校だと前時代的なものだって切り捨てられる事が多いけど私はそうは思わないの。むしろ近代科学の力に頼らずにメディックと同程度かそれ以上の医療を施せるその技術は是非見習うべきものだと──」
「ロレッタ!君もしかして混乱が抜け切ってないな!?チアキちょっと抑えといて!」
「わ、分かった。ロレッタ落ち着け、はいしどうどう……」
チアキが目の前で捲し立てられたせいで目を回しているノノンからロレッタを引き剥がす。興奮した様子でフーフーと息を吐いているロレッタに呆れたような溜息をこぼし、セルジュはノノンに声をかけた。
「悪いねうちのメディックが。悪気は無いんだ……混乱ついでに知的好奇心が爆発したらしくてね」
「べ……別に気にしてないわ。……そんなに知りたいなら、いくらでも教えてあげるし……」
喋るにつれて段々と声が小さくなるノノンにミシェラは顔を背けてこっそりと笑った。帽子のつばを引っ張って隠そうとしているが、顔が赤いのがバレバレだ。気付けばマチルダだけでなくチアキとロレッタにも毛並みをくしゃくしゃにされているパン左衛門と視線だけで言葉を交わす。ノノンはスッキリ落ちたよパンさん。ええ、ご友人が増えるのは良い事です。
「ここで会ったのも何かの縁だ、一緒に街まで戻らない?何なら飯でも食べよう」
「それは良いな。ついでにロレッタの奴に巫術の事でも教えてやってくれ」
帽子を深く引き下げて俯くノノンが小さく頷く。広げていた荷物を担ぎ上げ、『白妙の花冠』は出口へと向かい始める。パン左衛門が毛皮に顔を押し付けるようにして抱き付いてきたノノンを抱え上げてそれに続いた。ミシェラはその後ろ姿を満足そうに眺める。
噂の新人ギルドとは一体どんな奴らなのかと思っていたが、予想よりずっと気の良い連中で安心した。きっとこれでノノンも他のギルドに負けたくない云々などとは言わなくなるだろう、とミシェラは上機嫌に迷宮出口へ向かう階段に足をかけた。
旅は道連れ、世は情け。冒険者同士仲良くする事もまた、迷宮で生き残るためには必要な事だ。
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