【SSQ2】5 あなたの理由 わたしの理由

「キマイラ討伐おめでとう!!」

 かんぱーい!の声と共に、『白妙の花冠』一同は各々のグラスを掲げる。いつもより早めの閉店時間を迎えた公国直営料理店・四つ葉亭は、彼らだけの貸し切り状態となっていた。理由は言わずもがな、第一層最深部に巣食っていた魔獣・キマイラを無事討伐した、その祝宴の為である。

 店の主であるレジィナが厨房から揚げ物がてんこ盛りになった大皿を運んでくると、浮かれた一同から歓声が上がった。忙しい身の彼女であるが、今夜ばかりは折角の祝い事だからと特別に腕を振るってくれている。

「沢山作ったからな。じゃんじゃん食べてくれ」

「ありがとうレジィナ!最高!美人!大料理人!」

「こら、調子に乗るんじゃない」

 呆れ混じりにおたまで頭を叩かれたロアだが、反省した様子はあまり見られない。やれやれと苦笑して厨房に戻っていくレジィナを見送り、セルジュが口を開く。

「という訳で、何とか全員無事でキマイラ討伐に成功しました!めでたい!」

「おめでとうございます!わたし達特に何もしてないけど!!」

「あら、そんな事ないわよモモコちゃん。ちゃんとした装備を揃えて戦えたのは採集組のお陰だもの」

 マチルダの言葉にモモコがそうですかあ?と頭を掻く。その頬はほんのり赤く、どうやら彼女は既に酒に手を付けているようだった。隣に座っているナギが困ったような表情でモモコのグラスを果実酒入りのものからジュース入りのものに取り替えている。その様子を苦笑交じりに眺めながら、ロレッタが訊ねた。

「この料理、ナギのおじいさんの奢りなんでしょ?」

 ナギはこくりと頷き、懐から取り出した手紙をロレッタに差し出す。ナギの祖父から『白妙の花冠』に宛てられた手紙だ。キマイラ討伐の祝辞と祝宴の費用を出す旨の文言、そしてナギとモモコを今後ともよろしく、といった事が流麗な文字で記されている。なんとまあ、太っ腹な事だ。ナギの祖父は公国ではそれなりに名の知れた巫医であるらしいため、こういった大盤振る舞いをしても痛む懐は無いのだろうが。

 ナギがぱっと両手を動かし──彼が生まれつき言葉を話せず、『手話』と呼ばれる手振りで会話をするという事は周知の事実だ──、それを見たモモコが素早く翻訳する。

「『お金の事は気にせず、じゃんじゃん食べてください』だそうです!やったあ!」

 再度歓声が上がる。採集部隊を迎え入れて少しは余裕ができたとはいえ、普段はこんな豪勢な食事を腹一杯食べる事などできない。宿屋の家庭的な夕食と安い弁当に慣れ切った舌には公国直営料理店の料理はあまりにも贅沢な味だった。

「キマイラはどんな魔物だったんだ?」

「犬みたいな、熊みたいな、でも翼があって、尻尾は蛇で……何なんだろうあれ」

「名前の通り、『合成獣(キマイラ)』ね。伝承上の存在かと思ってたけど、実在したのねえ……」

「しかし、上手く罠に嵌まってくれて助かったね。真っ向から挑んでたら危なかった」

「お前、やたら攻撃食らってたからな」

 わいわいと騒ぎながら互いの戦いぶりを褒め合ったり、料理の奪い合いに精を出す仲間達の姿を落ち着いた様子で見ていたチアキがふと呟く。

「……『ベオウルフ』の事は、残念だった」

 しん、と場が静まり返る。自分達に先んじてキマイラに挑んだ『ベオウルフ』のその末路を、彼らはその目で見て知っている。一層を進む新人冒険者を教え導いてきた彼らを慕う者は、冒険者にもそうでない者にも数多く存在していたらしい。黒狼クロガネの遺体は回収されて街へと帰り、共用墓地の片隅に篤く埋葬されたそうだ。──聖騎士フロースガルの遺体は、ついに見付からなかった。

 一気にお通夜のような空気になった室内を見回したチアキが慌てたようにあっあっすまない……と謝る。重苦しい雰囲気を掻き消すように、努めて明るい声を上げたのはマチルダだった。

「そうだ!私、皆に訊きたい事があったのよ」

「訊きたい事?」

「そう、皆はどうして世界樹に挑む事にしたのかって。理由があったからこうしてラガードまで来たんでしょう?」

 その言葉に何人かがうーんと考え込む素振りを見せる。ジョッキいっぱいのビールをあおり、セルジュがはいはーいと手を挙げる。

「まずは言い出しっぺが言ってくれなきゃね」

「私?私は弟を探しに来たの」

 にっこり笑いあっけらかんと答えたマチルダに、モモコがほえー!と声を上げた。

「弟さんがいるんですか!道理でお姉さんみたいだなって思ってました」

「うふふ、そうかしら。……三つ下の弟なんだけどね、あの子、二年くらい前にいきなり家出しちゃって。私も追いかけて家を出たのが半年前。色んな所を回って、ようやくラガード行きの馬車に乗ったって情報を手に入れて、それでここまで来たの」

「……それがどうして世界樹に繋がるの?」

「この時期にこの国に来るなんて、世界樹目的以外はあり得ないでしょ?冒険者として街にいればそのうち会えるかもしれないと思って」

 成程言われてみればそうだ。得心いったような顔で頷くロレッタに視線を向け、マチルダは微笑む。

「じゃあ次はロレッタね」

「ええ、私?」

 ロレッタは困ったように首を傾げ、うーむむと唸る。心配そうに覗き込んでくるチアキの顔を横目でそっと窺い、大きく息を吐くと彼女は意を決したように口を開いた。

「あのね……私本当はカレドニアに留学する予定だったの。でも途中で嫌になってラガードで馬車を降りて……元々世界樹に興味があったから、この機会に行ってみるしかないって思って」

「カレドニア……北の小国か」

 エドモンドが呟く。カレドニア公国はハイ・ラガードの更に北方に位置している、ラガード公家の分派たるカレドニア公家が治めるごく小さな国である。

 ロレッタの言葉に、マチルダが顔をひきつらせながら問いかける。

「待って、カレドニアに留学って……まさかミズガルズ図書館?」

 少女が神妙な顔でひとつ頷いたのを見て、マチルダは頭を抱えた。ミズガルズ図書館は古今東西のありとあらゆる分野の文献・知識が集う、大陸でも最大規模の施設だ。あらゆる学問の殿堂、知の最高峰。そんな場所に留学するとなると、一体どれだけの学費がかかるのか。そしてどれだけの人間が留学を望みながらも地方で燻り続けている事か。それを蹴って世界樹探索など、一般的な学徒の感性ではまずあり得ない。

「……いえ、私がとやかく言う事じゃ……でも学士としては……うっ……」

「……それで、途中で行き倒れてたチアキを助けたついでにスカウトして冒険者になったの」

 一人で苦悩するマチルダから視線を外し、ロレッタは早口で言い切って以上!と締めくくった。隣でちびちびと酒を舐めていたチアキが困ったように笑う。

「おれは……ロレッタに助けられた恩返しだな」

 チアキは東方からの旅人で、宛ても無く各地を放浪している内にハイ・ラガードまで辿り着いたは良いが無一文の状態で力尽きて行き倒れてしまっていた所をロレッタに助けられたのだという。乾いた笑いをこぼしながら、彼はどこか遠い目をして話し続ける。

「行き倒れる前に追い剥ぎに遭って、刀以外身ぐるみ全部奪われて……金も上着も食糧も……追い出された身では故郷へ帰る事もできず……そもそも帰っても家族はもう……」

「ああ、もう良いもう良い!辛かったろう、たくさん食べて元気を出しなさい」

 話している途中から虚ろな表情でカタカタと震えだしたチアキの肩をエドモンドが優しく叩き、彼の目の前に料理と酒を並べる。魂でも抜け出ているかのように半開きになっているチアキの口に鹿肉のステーキを捩じ込みながらロレッタが首を傾げた。

「モモコとナギは世界樹で採れる素材が欲しいんだよね」

「はい!ナギくんのおじいさまが作る薬の材料にするんです」

「エドさんはどうしてハイ・ラガードに来たの?昔は騎士団にいたんだよね」

 投げかけられた純粋な疑問にエドモンドは頬を掻いた。果実酒を一口飲み、呟くように答える。

「それも昔の話だ。色々あって故郷を失ってね、行く宛てもなく放浪していた時にラガードの世界樹の話を聞いたものだから……少し浪漫を追いかけてみるのも良いかと思ったんだ。この歳で言うのも何だがね」

「良いじゃないですか、浪漫!年齢は関係ないですよ!」

 明るく笑うモモコににエドモンドは何も言わず肩を竦めた。

 ここまで来ると残っているのももう二人だけである。今まで黙って料理を口に運び続けていたロアとセルジュに、他の六人の視線が集まる。口いっぱいに鶏の軟骨揚げを頬張っていたロアが困ったように眉を下げ、口の中の料理を飲み込んでから口を開いた。

「私はセルジュに連れられて……その、故郷を飛び出して、遥々ここまで、ひとっ飛びに……」

 言いながら、彼女は助けを求めるようにセルジュを見やる。セルジュは手にしていたジョッキをそっと机に置き、うんざりしたような表情で肩を竦めた。

「まあ、エドモンドさんと同じようなものだよ。運が良ければ一攫千金、ついでに公国民にもなれるしね。それだけさ」

「ふーん」

 何だそれだけか、といった風に相槌を打つロレッタにセルジュは軽く鼻を鳴らし、デザートのくるみ羊羮を口に放り込んだ。その隣に座っているロアはそんなセルジュの姿をちらちらと見ながら俯いてしまっていている。怪訝な顔をしたエドモンドがその様子を眺めて何か言いたげに口を開くが、隣から飛んできたモモコの悲鳴によって遮られた。

「ああー!わたしのエスカルゴ!誰ですか食べたの!」

「あらごめんなさい、私だわ」

「マチルダさんひどいです!エスカルゴー!!」

「……モモコ、相当酔っているな?」

「なに言ってるんですかあ!わたしは酔ってなんかヒック」

 モモコが赤ら顔で机に叩き付けた、そのグラスの中に入っているのは明らかに強めの果実酒だ。エドモンドがナギに視線を送ってみれば、彼はげんなりした表情で頭を振った。どうやら彼の手には負えなかったらしい。

「仕様のない子だ……」

 溜息混じりに呟いてモモコの元へ向かうエドモンドの頭からは、セルジュとロアの事はすっかり抜け落ちていた。わあわあと喧しい仲間達の様子を、セルジュがどこか遠い目で見つめている。そんな彼の姿を見ていた者はいなかったが、例えいたとしても、その目の奥に隠された感情が何なのか、誰に分かる事も無かっただろう。

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