【SQX】3-1 密林survive
「ぜんっぜん見付からないねえ……」
げんなりとした表情でぼやくチエリの頭に、どこでくっつけてきたのか葉っぱが一枚乗っている。干からびたそれをそっと取ってやり、エノクは口許に手をやってうーんと唸る。
「あちこち捜してるのにね……」
「ていうか、まだ生きてる可能性の方が低いだろ。完全に司令部の手落ちだわな」
呆れた調子のサヤの言葉に反論できる者は誰もいない。
彼らが今探索している原始ノ大密林は先日発見されたばかりの迷宮である。聞くところによればどうやらこの樹海の様相はエトリアの世界樹に存在する迷宮のそれと酷似しているらしく、探索司令部は探索の助けとするためにエトリアからやって来た商人を協力者として招致したのだが、その協力者が樹海の中で行方不明になってしまったらしい。そんなこんなで『スターゲイザー』にも人捜しのミッションが回ってきたのだが、メンバーのやる気はいまいち乏しい。
「そもそも一般人をこんなとこに連れて来るなっての」
「起こってしまった事は仕方ないでしょう。でも、生存が期待できないという点には同意です」
モモコの淡々とした言葉にチエリとエノクは顔を見合わせてがっくりと肩を落とす。言いたい事は分かるが、何もそんなに冷たく言わなくても。
沈んだ表情のままエノクは手元の地図に目を落とした。地下一階と地下二階は一通り見て回ったばかりだし、恐らく他の冒険者や衛士も同じように捜索しているだろう。それなのに遺体や遺品すら見付かっていないという事は、探し人は更に下の層へと迷い込んでいる可能性がある。という事で暫くの間地下三階へと続く階段を探して回っていたのだが、これが何故か一向に見付からない。
「おかしいですね。この階の構造からして、真ん中あたりにあると思ったんですが……」
「でも他の場所にも無かったもんね。変だよねえ」
「どっかに隠れてるとか? 行き来がなさすぎて木で埋もれてるって事もあるかもな」
「そうですね……壁沿いを重点的に調べてみた方がいいかも……」
地図を囲んで好き勝手言ってはみるが、いくら話し合ったところで捜し人も階段も見付かる訳もない。揃って溜息を吐いて荷物を纏め始める。幸い、探索を続けられるだけの余力と物資は十分にある。諦めて引き上げるのは、もう少し辺りを見てみた後でもいいだろう。
鬱蒼とした密林の空気はひどく湿っている。じわじわと滲んでくる汗を拭いながら茂みを掻き分け、時には魔物を倒しつつ捜索を続ける。くまなく捜しているつもりなのだが、商人どころか階段すら影も形も見当たらない。ここまでくると僅かに残っていた気力も尽きてしまうというものである。
「……そういえば、あの人大丈夫かな?」
チエリが思い出したように呟く。あの人、というと思い浮かぶ人物は一人しかいない。度々顔を合わせたレオという青年だ。サヤが肩を竦めてどうだろうなあと応えた。
「案外どっかでポックリいってるかもな。なんか具合悪そうだったし」
「そんなあ……」
「衛士隊と一緒にミッションに参加してるっていう話じゃありませんでした?」
三人のやりとりを聞きながらエノクは青年のどこか思い詰めたような表情を思い出していた。彼の事はよく知らないが、あの表情を見てどこか心配な気持ちになった事をよく覚えている。
「また怪我とかしてないかな……」
「お主、そういうとこあるよなー。今は他の冒険者よりミッションが優先だろ」
「そ、それは分かってますけど」
雑談をしている間に地下二階を一周し、いよいよ先程まで休憩していた場所に戻ってこようかという頃であった。前方から聞こえてきた複数の足音に一同は足を止める。まさか魔物かと武器に手を伸ばすより先に、曲がり角の先から姿を現したのは他の冒険者の一団であった。相手もこちらに気付いたらしく、先頭を歩いていた剣士らしき女性が近付いてくる。
「こんにちは。あなた達もミッションを受けた冒険者?」
「あ、はい。『スターゲイザー』といいます」
「初めまして、私達は『ウルスラグナ』。で、私がリーダーのニーナよ。よろしくね」
彼女がそう言うと背後に控えていた他のメンバー達もぺこりと頭を下げる。慌てて会釈するエノクに軽く笑いかけ、ニーナは自分達も同じように行方不明の商人を捜しているのだと告げた。
「何か手がかりは見付かった?」
「いえ、全然……」
「そっか……実は私達、さっき茂みの先に抜けられそうな場所を見付けたの」
「え! どこどこ?」
チエリが驚きの声を上げる。彼女以外のメンバーもそれぞれが驚愕に目を瞬かせていた。まさかここまできて自分達の知らない情報が出てくるとは。ニーナは自分達の地図を取り出し、『スターゲイザー』の地図と照らし合わせるとある一ヶ所を指さす。南側の通路の突き当たりだ。
「この辺りね」
「もしかして、この先に……?」
「それは分からないわ。私達も先に進んで調査したいところだったけど……」
言葉を切ったニーナが振り返った先には彼女の仲間であるらしい騎士の女性がいる。どうやら怪我を負っているようで額や籠手を外した腕に包帯が巻いてあるのが見てとれた。騎士以外のメンバーもそれぞれ疲弊した様子で、この状態で探索を続けるのは確かに厳しそうだ。
「……そういう訳で一旦退く事にしたんだ。あなた達はまだ探索を続けるの?」
「ええ、そのつもりです」
「じゃあ、あの先に行ってみてくれない? もちろん無理強いはできないけど……もしかしたら、例の商人の子がいるかもしれないし」
そう言ってニーナはどうかな?と困ったような笑みを浮かべる。万が一その抜け道の先に商人がいたとして、そして奇跡的に生存しているとしたら、早急に救助に向かわなければ取り返しのつかない事になる。エノクはちらりと仲間達に視線を送った。反応を返す者は誰もいない。これはつまり、ゴーサインだ。ニーナに向き直りひとつ頷く。
「分かりました。僕達で行ってみます」
「そっか、ありがとう!」
「皆さんも気を付けて帰ってください」
「あなた達もね。つぎ会った時はもっとゆっくり話でもしよう」
笑顔でそう応えると、ニーナ率いる『ウルスラグナ』は荷物を抱えて立ち去っていく。が、最後尾を歩いていた砲剣士の男性が何かを思い出したようにふと足を止めて『スターゲイザー』を振り返った。怪訝な表情を浮かべる彼らに男性は言う。
「例の抜け道だが……近くを探索している時に妙な声が聞こえた」
「妙な声?」
「叫び声のような声だ。もしかすると向こう側に魔物が潜んでいるのかもしれん。どうか気を付けてくれ」
言い終えると、男性は会釈をして前方で待っている仲間達の元へと足早に向かっていった。その背中を見送りながら、残された一同は顔を見合わせる。
「叫び声……だって」
「そう言えば姫様も言ってたな。声がどうこうって」
「何はともあれ慎重に進みましょう。今までのように迷宮の主がいるかもしれませんし」
モモコの言葉に他のメンバーは思わず苦い顔をした。碧照ノ樹海のように、連続で強大な敵と戦うなんて事がなければいいが。
◆
『ウルスラグナ』の言った通り、南側の通路の壁をよくよく調べてみると確かに一部分だけ他よりもツタや枝が少ない場所がある。茂みを掻き分けて木々の隙間をそっと覗き込んでみれば、向こう側に開けた空間があるのが確認できた。
「えっと……どうしますか?」
「スパスパ切っちゃう?」
「スパスパ切っちまえ!」
「いえっさー!」
何やら楽しそうな様子で邪魔な枝葉を次々と斬り落とすチエリとサヤを横目に、エノクはもう一度地図のぽっかりと空いた真ん中部分に視線を落とす。抜け道がこの空白になっている箇所に続いているのは間違いないだろうが、何故こうも道が隠れてしまっていたのだろう。普通ならば、いくら木々に埋もれていても獣道のひとつやふたつくらいは残っていそうなものだが、今まで探索してきた中でそれらしき痕跡は一度も見ていない。隣に立っていたモモコに問えば、彼女も怪訝な表情で頷いた。
「私もそれが疑問なんです。獣達が向こう側に行こうとしない理由があるんじゃないかと思ったんですが……」
「理由ですか」
「ええ。例えば……強い生き物の縄張りがある、とか」
強い生き物。何とも嫌な予感のする言葉だ。顔をしかめるエノクに苦笑しつつ、モモコは慎重に行きましょうと呟いて弓に矢をつがえる。彼女の視線の先を見れば、ちょうどチエリとサヤが抜け道を覆っていた枝葉を払い終わったところだった。
「スパスパ終わったー! サヤさんお疲れー!」
「イエーイ! チエリもお疲れー!」
何故こうも楽しそうなのだろうか。ハイタッチを交わす二人を呆れたような目で一瞥した後、弓を構えたモモコが先行して木々の向こう側に踏み込む。彼女は静かに辺りを見回し、警戒を解かないまま仲間達を振り向くとこちらに来るよう視線だけで促した。
抜け道の先はだだっ広い空間になっていた。辺りは静寂に包まれており、魔物の気配どころか物音のひとつさえしない。異様なまでに凪いだ空気に、騒がしかったチエリとサヤも黙り込んで武器に手をかける。階段も商人の姿も、少なくとも目に見える範囲には見当たらない。また別の場所に抜け道でもあるのだろうか……と一歩踏み出したその時だった。
轟、と空気が唸る──刹那、目を開けていられない程の突風が『スターゲイザー』を襲う。風圧で後ろに倒れそうになったチエリの腕を捕まえながら、エノクは薄目を開けて上空を見やる。そこにいたのは一体の魔物だ。
巨大な翼をはためかせ、悠然と眼下を見下ろすその姿は、まさしく。
「ワイバーン、」
風の音ばかりが辺りに轟く中、モモコのひきつったような声が微かに聞こえる。その声に応えるように飛竜はつんざくような叫びを上げた。あの砲剣士が言っていた叫び声とはこの咆哮の事だったのだ。モモコの予測は当たっていた。獣道のひとつも見付からなかったのは、ワイバーンの縄張りであるこの広間に近付こうとする獣がいなかったためだ。
ひときわ強い風が辺り一帯を薙ぐように吹き抜ける。思わず顔を伏せて目を閉じたエノクの身体を衝撃が襲ったのはその直後だった。強い力で胴を引かれ、頭を勢いよく揺さぶられた拍子に意識がふっと遠くなる。至近距離から聞こえる巨大な羽ばたきの音、奇妙な浮遊感、足許から聞こえる誰かの叫び声。何が起こったのかを確かめる暇もなく、彼の視界は闇に閉ざされる。
◆
『……エノク、エノク。起きなさい』
「ぅう……ん……」
『もう朝よ。ほら、早く起きて』
「待ってよ母さん……あと五分……」
「──いい加減起きろ!!」
「ぁ痛っ!?」
腰の辺りを硬いもので殴りつけられる感覚に、エノクは思わず飛び起きた。と同時に気を失う前の出来事を思い出し、はっと自分の身体を見下ろす。鎧に大きな爪痕のようなものが残ってはいるが、怪我などはしていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろした彼が次に見たものは、杖を片手に傍らに立つ人物の不機嫌極まりない顔であった。舌打ちをひとつこぼし、彼女はエノクをじろりと睨む。
「呑気に寝てる場合か?」
「へ、ヘンリエッタさん……」
「起きたならさっさと立て」
ヘンリエッタと初めてまともに言葉を交わしたという事実に驚く暇もなく、圧を感じさせるその声色にエノクは慌てて立ち上がる。そこでようやく彼は自分の周囲の状況に気付いた。様々な荷物や武器、そして衛士のものらしき金属鎧が辺りに散らばっている。所々に血痕のこびりついた鎧をよくよく見てみれば、内側に"中身"が残っているものもある。口に手を当てて込み上げる吐き気を押さえるエノクにヘンリエッタが鼻を鳴らした。
「こうなる前に気付いて良かったな」
「その、ここは……」
「……飛竜が私達をここに連れてきた」
「ワイバーンが……?」
「捕らえた食糧を貯めておくとは、魔物のくせに頭が良いらしい」
食糧、とおうむ返しに呟いて顔を青くするエノクを相変わらずの睨むような目付きで真っ直ぐに見据え、ヘンリエッタは低い声で呟く。
「ここはヤツの巣穴だ」
0コメント