【SQX】10-3 そして、あなたは歩きだす

 人と出会うのが嫌いだ。別れたあとで寂しくなるから。

 人と話すのが嫌いだ。静けさに耐えられなくなるから。

 人を信じるのが嫌いだ。裏切られたら悲しくなるから。

 人が傷付くのが嫌いだ。自分の心まで痛くなるから。

 だから、決めたのだ。もう誰とも関わらずにいようと。どうせ失うなら、奪われるなら、初めからひとりでいた方がましだと。このまま誰にも知られず孤独に消えていこうと、そう思っていたのに。

 生きろと願う声があった。背中を押す手があった。優しく笑う目があった。歩みを止めない足があった。強く広い背中があった。そこには、眩く強い心があった。狭い世界は柔らかな光で満ちていた。

 決意が揺らいだ。思いがけず手に入れた温もりを、拒む事ができなかった。結局ひとりぼっちになんてなれないくせに、痛みに怯えて変われずにいる、自分がいちばん大嫌いだ。


   ◆


 エンリーカが顔を上げた時、既に辺りには誰もいなかった。突き飛ばされて尻餅をついている間に、氷の壁が『スターゲイザー』と彼女を分断していたのだ。思わず表情を歪めるエンリーカの傍に、亜人の子供が慌てた様子で近付いてくる。どうやら、よりにもよって戦えない二人が一緒に分断されてしまったらしい。

 不安げに見上げてくる子供に自分から離れないようにと告げ、エンリーカは立ち上がる。とにかく、隠れられる場所を探そう。魔物に襲われでもしたら堪ったものではない。

 警戒しつつ歩き出したその時だった。傍らの子供が急に怯えた声を上げてエンリーカの脚にしがみつく。何事かと辺りを見回した彼女の目が捉えたのは、少し離れた場所を歩く見覚えのある後ろ姿だ。思わず、声を上げた。

「待ちなさい! ……ブロート!」

 男が足を止める。振り向いた顔は確かに見知ったそれだが、どこか言い様のない違和感がある。

 エンリーカの姿を認めたブロートが静かに口を開く。

「……これは。エンリーカ王女。こんな所で出会うとは思いませんでした」

「ええ、私もよ。先遣隊は全滅したと思ってたけど、あなたは無事だったのね。……今まで何をしていたの?」

「見ての通り探索ですよ。私は私で独自に調査を行っているのです。……それにしても、こんな所にお一人とは感心しませんね。亜人の子まで連れて……」

 視線を向けられた子供がびくりと肩を震わせてエンリーカの陰に隠れる。その様子にやれやれと頭を振り、ブロートはふと表情を険しくした。その視線の先にあるのはエンリーカの背後に見える氷の壁だ。

「余計なものが入り込んだか」

「ブロート……?」

「……私はそろそろお暇します。またお会いしましょう、王女」

 魔物にはお気をつけて──何の感情もない表情で告げ、ブロートは呼び止める暇も無く身を翻して迷宮の奥へと歩いていってしまう。その背中を呆然と見送ったエンリーカだったが、やがてはっと我に返ると身を隠せそうな場所を探し始めた。いま優先すべきは知り合いよりも自分達の身の安全だ。


   ◆


 『赤の民』と呼ばれる民族がある。

 大陸東側、内陸の山地に住まう彼らには一つの特徴があった。ほとんどの人間が赤い瞳──鮮血のごとき真紅色の、渦巻くような紋様の瞳を持って生まれてくるのである。『赤の民』という名の由来もその特徴的な光彩の色にあった。

 彼らは周辺に住まう他民族にひどく疎まれていた。本当の理由は定かでない。ただ、古くからその地域において"真紅の瞳を持つ民は悪魔の末裔である"と伝えられており、『赤の民』の瞳は伝承通りの真紅色だった……それだけの話だった。迫害され、周辺国家を追われた彼らは国を興した。山を切り開いて都を築き、小規模な民族国家を造り上げたのである。百年近く前の話だ。

 ヘンリエッタも、その国に生を受けた『赤の民』の一人だった。国土の端に位置する山村の、巫医の子として彼女は生まれた。小さな村での生活は穏やかだった。数年前に戦争が始まるまでは。

 彼女の故郷はすでに亡い。二十余年の月日を過ごした村は、戦火に呑まれて住民ごと姿を消してしまった。酷い戦争だった。土地を求めて攻め込んだ民族国家と、前触れなく攻め込まれた隣国と。互いに殺戮と破壊とを繰り返した果てに残されたのは、血と死臭の染み込んだ不毛の大地だけで。

「私達で国を建て直すの。レムリアの秘宝を手に入れれば、もう二度と滅ぼされたりなんかしないわ。迫害を受ける事だってなくなる」

 そう語る少女の──エレオノーラの声には微かな熱が籠っている。ヘンリエッタは思わず視線を下げた。聞いているだけで眩暈のするような心地がする。滅んだ国をもう一度造り直すと、そう言っているのだ、この少女は。土地は焼かれ、都があった場所にはもはや瓦礫の山すら残っていないというのに!

 身体が震える。困惑と嫌悪と苦痛と、ずっと逃げ続けていた事に向き合わなければならない恐怖が胸を満たしている。動けずにいるヘンリエッタに、エレオノーラは尚も語りかける。

「あなたの事は彼から聞いたわ。前線にいた軍医に拾われてマギニアまで一緒に来たと。冒険者になったのもあなたの意志ではないんでしょう」

 エレオノーラの背後に控えるサヤは、彼女の視線を受けても微動だにしなかった。ただ冷えきった目で向かい合う二人の女を眺めている。

 痛いほどの冷気が頬を刺す感触だけがヘンリエッタの正気を押し留めていた。冷静にならなければいけない。氷の壁が砕ける気配は無い。喚いたところで助けは来ない。自分だけでこの場を切り抜けるのだ。自分ひとり、だけで。

「あなたを助けたいの」

 優しく諭すような声でエレオノーラは言う。

「国が滅ぼされて行き場を無くした、あなたみたいな人は大勢いるわ。私はその全員を救いたい。皆の帰る場所を取り戻したい……そう思ってる。そのためにもあなたの力が必要なの」

 少女が一歩踏み出してゆっくりと近付いてくるのをヘンリエッタは半ば呆然と見た。地面に薄く張った氷を踏み割りながら彼女に歩み寄り、エレオノーラはそっと膝をつくと左の手のひらを差し出す。

「私と一緒に来て」

 長い前髪の下、真紅の瞳が揺れる。辺りに静寂が下り、張りつめた空気は氷点の温度でもって胸の奥を刺し貫いている。ひとつ息を呑み、ヘンリエッタはゆっくりと右手を持ち上げる。


   ◆


「……滅んだ祖国を復興するために、同志を探してる……か」

 地面に座り込みながらクチナが呟いた言葉に、目の前の壁に寄りかかるようにして立っていた女がひとつ頷く。拳士の装備を纏った、赤紫の髪のその女はメルセデスと名乗った。クチナは知らないが、西方の霊堂でスペードと共にエレオノーラの側に控えていた女である。

 一人になった直後に現れた見知らぬ女に、初めは警戒した。しかし刀を抜きかけたクチナに彼女は静かに告げたのである。ここで争うつもりは無い、用が終われば解放するから大人しくしておいて欲しいと。信じられずにいたクチナに、彼女は代わりとでもいうかのように自分達の目的を話し始めた。

 亡国の民である『赤の民』と、その再興を目論む少女。そして彼女らが狙うレムリアの秘宝こと『世界蛇ヨルムンガンド』。得られた情報を整理しつつ、静かに問う。

「それで、おまえ達はその子に賛同してる、と」

「少なくとも私はね」

 クチナは頬を掻いた。応えた声は穏やかだが、その裏には強靭な意志が見える。腕を組み、クチナを真っ直ぐに見つめながらメルセデスは言う。

「そうでなきゃ、こんな島まで着いてきたりはしないよ。私は彼女が正義を成そうとしていると信じているんだ」

「他のやつは?」

「……"サヤ"について知りたいんだね」

 遠回しな問いかけの真意を読まれ、クチナは思わず顔をしかめる。沈黙する彼の顔を見たメルセデスの表情も少しばかり曇った。ひとつ呼吸を置き、答えが返ってくる。

「彼はエレオノーラに雇われた傭兵だよ。コードネームは『鵺』という。情報収集のために冒険者に紛れて貰っていたんだ。合流したのは君達が第六迷宮に入った後かな」

「初めから騙されてたって事か。参ったな」

「そういう事になるね。だが、潜伏していたギルドがマギニアでもトップクラスの実力者になるとは彼も思っていなかったようだ」

 そのお陰で私達はより多くの情報を手に入れられた訳だけれど──そう締めくくり、メルセデスは肩を竦める。どこか物憂げな様子の彼女にクチナも溜息で応えた。確かにショッキングな事実ではあるが、敵にまで気を遣われてしまっては仕方ない。

 クチナは慎重に周囲の様子を窺う。氷壁が溶ける気配は無く、また自分を見るメルセデスの目に敵意は感じられない。ゆっくり話す時間があるうちに、知っておきたい事を聞き出しておくべきだろう。冷たい壁に背中を預け、ごきりと首を鳴らして声をかける。

「もう一つ訊きたいんだが」

「何だい?」

「わざと言わなかった事があるだろう」

「──」

 メルセデスがすっと目を細めた。クチナは淡々と言葉を続ける。

「国を失っているのに"国を護る秘宝ヨルムンガンド"を手に入れたって意味がない。無いものを護らせる事はできないからな。まずは国を造り直さないといけない……そしてその為には、隣国から土地を奪い返す必要がある」

「…………」

「戦争を仕掛けるつもりだな? 本当に求めているのは共に国を建て直す同志ではなく、そのための戦力だ。違うか?」

 腕を組んで沈黙するメルセデスの、ナックルダスターに覆われた指先がぴくりと動いたのをクチナは見逃さなかった。彼はじっと拳士の瞳を見つめ続ける。どこか遠くから魔物の鳴き声のような不明瞭な音が聞こえる。氷にはまだ、ヒビのひとつも走らない。

 数十秒の静寂の後、ようやくメルセデスはゆっくりと口を開く。

「否定はしないよ。けど、決断するのは彼女達であって私や君ではない」

「それでも不誠実なのには変わらない。やましい事だけ言葉遊びみたいに隠して、それで正義を語れるのか?」

「そう言われると困ってしまうね」

 苦笑を漏らす彼女の目は笑っていない。尚も問い詰めようとしたクチナを押し止めるようにメルセデスは言う。

「それでも成すべき事がある、と。彼女は信じているんだ。そんな彼女を私も信じた」

「それは盲信じゃないのか」

「……その実直さは少し羨ましいよ。だが、君には分からないだろう……」

 小さく頭を振り、目を伏せて沈黙するメルセデスにクチナも口を閉ざした。そこまで言われてしまってはこれ以上は何も口出しできない。彼女の言うとおり、クチナには彼女達の事など何も分からないのだ。

 辺りを重苦しい沈黙が包む。黙り込む二人の耳に、何かが崩れるような音が届いたのは、それから少し後の事だった。


   ◆


 ぱん、と、乾いた音が谺した。

 エレオノーラの目が僅かに見開かれる。彼女が差し出していた手を勢いよく払いのけるようにして拒んだヘンリエッタは、深く深く俯いて肩を震わせる。絞り出した声は掠れ、上ずっていたが、確かな芯を持っていた。

「ふざ、けるな」

「…………」

「お前達はいつも……いつもそうだ。そうやって、理想だの正義だのと言って、足下なんて見もしない」

 揺れる声に滲むのは微かな、それでいて強い拒絶の意志だ。

「私は、行かない。お前に手は貸さない」

「……憎くはないの? だって、あなたの村は……」

「お前の父親が始めた戦争だ!!」

 少女の表情が、初めて大きく歪んだ。離れた場所に佇んでいたサヤが静かに振り返る。ヘンリエッタは伏せていた顔をゆっくりと上げる。垂れ下がる前髪の奥、潤んだ赤い瞳で、彼女はエレオノーラを睨みつける。自分と同じ色の瞳をもつ少女を。

 誘いをはね除けるように、それでいて自分に言い聞かせるように。振り絞った声でヘンリエッタは言う。

「みんな死んだ。男は徴兵されて殺されて、女は犯されて、子供や老人は飢えと病で……割を食うのはいつだって弱者だ。なにが正義だ。なにが繁栄だ。私達の死体の上に理想の国を建てて、それで満足なのか」

「それは、」

「国を取り戻して……それで全て元通りになると思ってるのか? いい加減にしろ。もう何もかもが遅いんだ。一度壊れたものは二度と直せない!」

 地面についていた手をぐっと握りしめる。全てを失った。故郷を、家族を、仲間を、平穏を、純潔を、生きる意味を。ひとつひとつを思い出す度に足が竦んで動けなくなる。

 本当に全てが元通りになるならば、どんなに良かっただろう。けれどそれは夢物語だ。割れたガラスの欠片を繋ぎ直したって、出来上がるのは不恰好な継ぎ接ぎだけで元あった姿にはならない。まして、足りない欠片を他所から奪い取って埋めるなど。

「誰かを踏みつけにして造る国はいらない! 帰る場所なんか無くていい! わ、私は……」

 喉奥から込み上げるものを飲み込んで、息をひとつ、ふたつ。そして思い出す。今の自分が失いたくないものを。

 ──僕達は次の迷宮へ行くよ。

 ──まだ、割り切れないけど……前に進まなきゃって思うから。

 ──でも、やっぱり……僕達にはきみが必要なんだ。

 ……眩く強い心があった。狭い世界は柔らかな光で満ちていた。そこに居たいと思ったのだ。そして叶うならば、同じものを見ていたいと。

 だから、きっと。変わるべき時は、今だ。

「私も! 一緒に前に進むんだ!!」

 叩きつけるような叫びに、応えるように。

 刹那、轟音が響く。崩れた氷の塊が落下し、地面を揺らす。衝撃で砕けた氷の欠片が辺りに散らばった。驚いて振り返れば、すぐそこにあった氷の壁が半ばあたりで両断されているのが見える。

 はっとしたエレオノーラを庇うように立ったサヤが、短刀に手をかける──が、その手はすぐに止まった。彼の視線は両断された氷の向こう側、ぴょんぴょんと跳ねる黒いおかっぱ頭に注がれている。あれは、チエリの頭だ。

 座り込むヘンリエッタと、その前に立つ二人の姿を捉えたチエリが声を上げる。

「ヘンリエッタさん大丈夫!? こらー! ヘンリエッタさんを虐めるなーっ!!」

 おりゃあ! という掛け声と共に、チエリが刀を振りかぶる。気合いの一閃を受けた氷の柱は、すっぱりと斬り倒されて無惨に転げ落ちた。凍てつく壁の残骸を踏み越えて駆け寄ってくる少女の姿を眺め、サヤがエレオノーラに向かって静かに問いかける。

「如何いたしますか」

 何の感情も籠らない、平坦な声だ。エレオノーラは暫し肩を強張らせたまま沈黙していたが、やがて小さく首を振る。

「いいえ、駄目よ。何もしないで」

「承知しました」

「ヘンリエッタさんはあたしが守るんだから! ……あれ、そっちの頭巾のひと……」

 刀を構えながら首を傾げるチエリに、サヤは何も応えない。エレオノーラは彼を押し退けて前に出るともう一度ヘンリエッタに向き直った。

「……残念だわ、ヘンリエッタ。あなたとは、できれば戦いたくなかった」

「…………」

「でも、私は何としてもレムリアの秘宝を手に入れるわ。あなたが何を言おうと、何をしようと、私は必ず国を取り戻してみせる……」

 静かな、それでいて強い口調で言いきり、少女は一度目を伏せた。傍らのサヤがするりと彼女の傍に寄る。はっとしたチエリが懐から縺れ糸を取り出すより先に、エレオノーラはぱっと目を開いて一声叫ぶ。

「──来なさい、ヘヴェル!」

 そして、それは彗星のごとく飛来する。

 岩壁の上部から飛び下りたのか。突如上空から落ちてきたその男は、編み込んだ黒い長髪をふわりと靡かせながら事も無げに地面へ下り立った。右手に握られた両刃のついた槍、そしてその身体を覆う緑色のキルト──。

 ハイランダーだ、と、ヘンリエッタとチエリがそう認識する前に。男は右手の槍をくるりと持ち替えて横薙ぎに振るう。そして次の瞬間、ぶわと広がった黒い霧が、一瞬のうちに二人を飲み込んだ。

「うわ、……っ!?」

 咄嗟に刀を構え直す間もなく、黒い霧を浴びたチエリが膝から崩れ落ちる。ヘンリエッタは転がっていた杖に手を伸ばして『巫術・結界』を展開しようとしたが、それも叶わなかった。身体に力が入らない。霧が触れた箇所から、どんどん力が抜けていく。

 倒れてしまわないよう、萎えた腕で必死で堪える。そんな二人をよそに視界を覆っていた霧は段々と薄れ──完全に晴れた頃には、エレオノーラ達三人の姿は消え失せていた。

「ああー……逃げられたあ……」

 苦々しげに呟き、チエリはぺたりとへたり込んで息を吐く。ヘンリエッタは何も言わず、杖を鳴らして治癒の術を発動した。ありがとー、と力無い笑顔を見せたチエリは、はっとしたようにヘンリエッタへ顔を近付ける。

「ヘンリエッタさん、あの人たちに変なことされなかった? 大丈夫? ケガない?」

「別に……ええい触るなっ……!」

 まだ微かに震える声で言い、ヘンリエッタはぺたぺたと顔やら腕やらを触ってくるチエリを押し退ける。そのままいつものように帽子を下げて顔を隠そうとしたが、つばに伸ばそうとした指先はむなしく空気を掴んだ。そういえば、帽子は氷を避けて転んだ時に落としてしまっていたのだ。

 気まずそうな表情を浮かべてますます深く俯くヘンリエッタを見て、チエリはうーんと頬を掻いて立ち上がる。そして少し離れた場所に落ちていた帽子を拾い上げてヘンリエッタに被せてやると、にっこりと笑って手を差し出した。

「いっしょに帰ろ。みんな待ってるよ」

 少女の手のひらを、呆然と見つめて。やがてぐっと表情を歪めると、ヘンリエッタはその手を取って立ち上がる。チエリが斬り倒した氷の壁の向こう側から仲間達の話し声が聞こえてくる。繋いだ手を優しく引かれるまま、彼女はゆっくりと一歩を踏み出した。


   ◆


「……あーッ、畜生!穴あいてやがる」

 愛用の帽子を眺め、スペードが叫ぶ。迷宮内から脱出したエレオノーラ一行は金剛獣ノ岩窟の裏手、誰も立ち入らないような林の中に移動していた。

「あのアマ、火矢かますなんてイカれてんぜ……あーあ、周りも焦げてるし……」

 ぶつくさとぼやき続けるスペードから視線を外し、メルセデスはエレオノーラに向き直って問いかける。

「本当に良かったの?」

「嫌がる相手を無理に連れていく事はできないわ」

「……分かった。君がそう言うなら」

「私達の事も、すぐに司令部まで伝わるわ。こうなった以上──」

「みんな殺すか?」

 割って入った男の声にエレオノーラの眉が寄る。ヘヴェルと呼ばれたハイランダーらしき格好の男は、にこにこと笑みを浮かべて彼女を見ていた。メルセデスとスペードが、窺うような表情で彼の方を見やる。エレオノーラは険しい表情のまま、溜息をひとつ吐いて応えた。

「駄目よ。それは最後の手段だって言ったでしょう」

「そうか。じゃあその時になったら教えてくれ」

 けろりとした様子で言うと、彼は会話に興味を失ったように足下の草花を弄び始める。メルセデスとスペードは顔を見合わせて肩を竦め、エレオノーラはもう一度溜息を吐いた。

 ふと、物音がする。そちらを向いてみれば、偵察に向かっていたシノビが戻ってきたところだった。辺りに人の気配は無いとの報告を聞いたエレオノーラが、マントを羽織り直して呟く。

「行きましょう」

 少女に率いられ、一行は暗がりに紛れるように林の奥へと消えていく。

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