【SQX】11-1 黄金の翼、白銀の刃

「ヒトよ、知っているか? あれは破壊を司る生き物だぞ。あれがヒトの役に立つ事はない」

 亜人の言葉に男は妖しい笑みを浮かべる。

「知っているとも。だがね、その破壊の力こそが僕の計画、国を繁栄させる力となるんだ!」


   ◆


 振り下ろした剣が相手の肉を裂く。微かな呻き声と共に崩れ落ちた戦士の姿を、エノクは何とも言えない表情で見た。

「……やっぱり慣れない……」

「『複製モリビト』だって言われただろ。人形みたいなものだと思え」

 そうは言われても、彼らの見た目は亜人であるモリビトの、ひいてはヒトのそれと大差ない。意思もなく侵入者に反応して襲いかかってくるだけの存在だと分かってはいるが、エノクはそれで割りきれるほど達観できてはいないのだ。

 見るからに元気をなくすエノクに向かって少年はやれやれと肩を竦める。

「ところでお前、上手くなったな。新しい技も使いこなしてるし」

 彼が言っているのは、ずっと練習していたハイランダーの技の事だ。エノクはひとつ頷く。初めこそ感覚を掴むのに難儀していた生命力操作の技も、今ではすっかり慣れたものである。

「何ていうか、"生命力"ってわりと簡単に身体から出ちゃうものなんだね。殴った時にも吸い取れてる訳だし……」

「まあな。逆に、自分が怪我した時に漏れた生命力で防御を固めたり攻撃したり……みたいな技もある」

「あ、それ知りたい」

「また後でな」

 少年がくるりと身を翻す。つられて振り向けば、モモコが倒れた敵から武具を剥ぎ取り終えたところだった。見たことのない紋様の入った刃を手に、彼女はにっこりと笑う。

「この辺りはあらかた片付きましたね。一度報告に戻りましょうか」

 そう言って指さした先、色褪せた木々を隔てた先の広間からは、絶えず人々が動き回る慌ただしい空気が漂っている。そちらの方向を眺めながらちょこちょこと近寄ってきたチエリがぽつりと問う。

「ほんとに上手くいくかな?」

「上手くいく、じゃなくて、俺達が上手くやるんだよ」

「それはそうだけどさあ……」

 少年の言葉にチエリは釈然としない表情を浮かべる。エノクはひとつ息を吐き、先を行くモモコ達の背中を追った。

 第十一迷宮・枯レ森の主──イワオロペネレプ討伐作戦の開始まで、あと僅かだ。


 話は二時間ほど前に遡る。ペルセフォネと彼女を誘拐した男──ブロートを追ってエンリーカと共に枯レ森を進んでいた『スターゲイザー』は、迷宮の最奥部の大広間まで辿り着いていた。そこに待ち受けていたのが迷宮の主、霊鳥イワオロペネレプだったのである。

 大広間にはイワオロペネレプだけでなく、部屋を守る複製モリビト達も多く存在している。本来ならば迷宮の主である霊鳥を守るための兵士である彼ら彼女らも、そして他ならぬ霊鳥自身も、今やブロートの傀儡だ。

「あれは本来、神殿への道を守護するもの……守り神とも呼べる存在なのだ」

 そう言ったのはマキリと名乗ったモリビトの青年だ。苦渋の表情を浮かべながら、巨大な翼をはためかせるイワオロペネレプを遠目に見上げて彼は呟く。

「どれだけ我らを貶めれば気が済むのか……里を襲い、森を荒らし、あまつさえイワオロペネレプまでも……」

「マキリさん……」

「……本当に倒してもいいんだな?」

 気遣わしげな、それでいて有無を言わせない口調で問いかけたのはクチナだ。マキリは重々しく頷くと改めて『スターゲイザー』に視線を向ける。

「常ならば、侵入者を排除し神殿を守るのはモリビトの役目……しかし里が襲われた今、我らにあの男を止める力は無い。……頼めるか『スターゲイザー』よ」

 当然、断る理由はない。ここでブロートを逃がせば、ペルセフォネを奪還するチャンスも失われてしまうかもしれないのだ。

 しかし先述のとおり、イワオロペネレプの周囲には彼を守るようにして多くの複製モリビトが巡回している。監視の目を掻い潜って巨鳥の元へ行くという手もあるが、戦闘中に取り巻きに乱入されては堪ったものではない。

 困った『スターゲイザー』はひとまず冒険者ギルドに戻ってミュラーに相談する事にした。これまでの経緯を含めた報告を聞き終えたミュラーはふむ、と頷き、数秒と経たずに宣言する。

「討伐隊を派遣しよう。周辺の魔物はそちらに任せ、お前達は迷宮の主を叩くのだ。二……いや、一時間だけ待ってくれ」

「……そんなに早く派遣隊を組織できるのですか?」

「いざという時のために準備はしてあった。手空きの冒険者もかき集める。なに、『スターゲイザー』のためとあらば、すぐに集まるだろう」

 ……結局、ミュラーの言葉は現実のものとなった。急遽枯レ森に集められた衛兵隊と冒険者の数はかなりのもので、周囲の雰囲気はかつての第五迷宮での討伐戦を彷彿とさせる。ヘンリエッタが辺りをキョロキョロと見回しながら呟く。

「見知った顔が多いな」

「レオ君とオリバーさんとマルコさんならさっき挨拶しましたよ」

「あっちには『ウルスラグナ』の人達もいたよ」

「みんな案外ヒマなんだなあ」

「いや……忙しい中わざわざ来てくれたんだと思いますけど……」

 と、そこでエノクは視界の端にあるものを見つけてぎょっと目を剥いた。仲間達が何事かと問う前に、大きく手を振りながら声を上げる。

「マリアンヌさん!」

 ヘンリエッタの顔が盛大にしかめられる。兵士達に紛れるようにして立っていたマリアンヌは、エノクの声に気付くと手を振り返しながらこちらへ歩み寄ってきた。いつもと同じ白衣姿の彼女だが、今日はその下に軽鎧のようなものを装備しているのが見える。

「やあ、何だか大変な事になってるな」

「マリアンヌ先生、どうしてここにいるの?診療所は?」

「いやあ、召集があっただろう? 人手は集まったんだけど衛生兵の数が少し足りないらしくてね。助っ人として特別に呼ばれたんだ。今日はちょうど休診日だったからね」

 あっけらかんと告げたマリアンヌに一同は何とも言えない表情を浮かべる。彼女がただの非力な一般人ではないという事は知っているが、それにしたってそんな軽いノリでこんな場所まで来ていいものなのか。

「まあ大丈夫だろう、担当は救護テントだし。なるべく私の出番が無いっていうのがいちばん良いんだが」

 隊列を組んで作戦開始を待つ衛兵隊と、同じように待機している冒険者達とを見比べてマリアンヌはひとりごちる。彼女の言葉に頷きつつ、エノクは隣にいたモモコと視線を交わした。心配ではあるが、前線に出ないのならばひとまずは安心だろう。

 ふと、マリアンヌの顔に笑みが浮かぶ。その視線の先にいるのは相変わらず不機嫌そうな顔をしたヘンリエッタだ。マリアンヌは彼女の傍に歩み寄るとその肩をぽんと叩く。

「お互い頑張ろうな」

「…………」

 ヘンリエッタは返事をせず、代わりにひとつ溜息を吐く。そして握っていた杖でマリアンヌの額を軽く小突いた。

「イテッ」

「……お前に言われなくても分かってる」

 ふんと鼻を鳴らし、それきり顔を逸らして黙り込んだヘンリエッタにマリアンヌは怪訝な表情で首を傾げた。彼女が口を開こうとする前に、遠くから『スターゲイザー』を呼ぶ声が聞こえてくる。……どうやら作戦開始の時間が近づいてきたようだ。ヘンリエッタに視線を送りつつもそれじゃ、と手を振って救護テントへと戻っていくマリアンヌを見送り、一行も自分達を呼ぶ兵士の元へ向かう。


   ◆


 今回の討伐作戦における『スターゲイザー』の任務は、イワオロペネレプと戦い勝利する事である。衛兵隊と他の冒険者は周囲のモリビト兵を抑え、手が空き次第イワオロペネレプとの戦闘に加勢する手筈になっている。時間がない中での急ごしらえの作戦だ。上手くいくかどうかは分からないが、かといって四の五の言っている暇もない。

 『スターゲイザー』は予定通り、大広間の入口付近に陣取って待機していた。ここからイワオロペネレプのいる場所までは一直線に進めるが、そこまでの通路にも当然モリビトの戦士が隠れ潜んでいる。

「そっちは私達に任せて、真っ直ぐ突っ込んじゃって良いからね!」

 と、ウインクしながら言うのは『ウルスラグナ』のニーナだ。この通路でのモリビト兵との戦闘を担当するのは、彼女達なのである。

「ニーナさん達もお忙しいのに……すみません」

「いやいや、私達もミッションを受けてたからね。姫様を追いかけるためにも、協力してここを抜けちゃおう」

 にっと笑って親指を掲げるニーナの姿は頼もしい事この上ない。彼女とその仲間達によろしくお願いしますと頭を下げるエノクの肩を、真剣な表情で懐中時計を眺めていたモモコが叩く。

「残り二分を切りました」

 その言葉に他の面々もそれぞれ居住まいを正した。武器に手をかけ、息をひそめてその時を待つ。

 あと十秒──モモコの静かな声がそう告げてからぴったり十秒後、大広間の西側から轟音が響いてきた。急な出来事にイワオロペネレプの意識がそちらを向く──その瞬間に一行は走り出した。通路を真っ直ぐに駆け抜け、大広間の奥へ向かう。木陰から姿を現した巨躯の戦士には目もくれず、一直線に霊鳥の元へ。

 背後から破裂音が聞こえてくる。背中は『ウルスラグナ』に預け、『スターゲイザー』はイワオロペネレプと対峙する。巨鳥の嘴が天を向き、高く高く叫声を上げた。それが幕開けの合図であったかのように、冒険者達は剣を抜いて迷宮の主へと挑みかかる。


   ◆


 枯レ森の奥地で討伐作戦が始まったその頃、モリビトの里はひっそりとした空気に包まれていた。剣士の襲撃で命を落とした同胞の弔いを終え、モリビト達は里の復興を前に各々の時間を過ごしている。死者を悼む者、怪我人の世話をする者、そしてそんな同胞達を見守る者。

 マキリが里の入口に立つ人影に気付いたのは、破壊された里の見回りを終えた頃だった。黒い外套を纏ったヒトの男は彼の視線に気付くと軽く頭を下げ、ゆっくりと近付いてくる。思わず警戒するマキリだったが、彼の足元に隠れる小さな白い影を見てはっとした。

 男が連れていたのは、亜人の子供だった。

「……モリビトとは違う種だ。だが、近しいものを感じる」

 マキリの言葉にノワールはそうか、と頷いた。大人の会話に興味なしといった様子のマナは、モリビトの子供と一緒に遊んでいる。以前『スターゲイザー』とエンリーカが助けた子供だ。言葉は通じていないが、どうやら子供どうし仲良くやれているようだ。

「"モリビト"は元々東方の世界樹に居た亜人種だが、他の世界樹ではまた別の亜人が生まれたと聞く。あの子はどこの出だ?」

「西……タルシスの近くで保護した。赤ん坊の頃だ。親ももう亡い」

「……何にせよあの子の居場所はこの里ではない。私が力になれる事も無いだろう」

「そうか」

 ぽつりと呟き、ノワールはどこか遠い目でマナを見つめた。その横顔に何か声をかけようとしたマキリの耳に、慌ただしい足音が届く。何事かと目をやれば、里の外、枯レ森の方角から駆けてくるいくつかの人影が見えた。海兵を引き連れて先頭を走っているのは、航海王女エンリーカだ。

 マキリは眉をひそめた。マギニアの一軍がイワオロペネレプ討伐作戦を展開するにあたって、海の一族は直接の助力はできない代わりに迷宮内の見回りと魔物討伐を行う、という話だった筈だ。肩で息をしながらエンリーカが叫ぶ。

「あなた達! 里は無事!?」

「何事もないが……森で何かあったのか」

 エンリーカはほっと息を吐いたが、すぐに真剣な表情に戻ってマキリに向き直る。

「迷宮一階と二階に、樹に擬態した魔物がいるでしょう。あいつらが急に姿を消したの」

「メデューサツリーが……?」

「ええ。何体か迷宮の奥に行くのが見えたからそっちも追いかけさせたけど、もしかしたら里にも向かったんじゃないかって思って。被害が無いならひとまず安心ね」

 言葉に反してエンリーカの声は硬い。話についていけず怪訝な表情を浮かべるノワールをよそに、マキリもまた険しい顔で応える。

「何故急に……まさかあの男か?」

「恐らくね。何たってこんなタイミングだもの……できるだけ私達で処理したいところだけど、討ち漏らしが四階まで行ってしまうかも」

「だが、この里から出せる人員は……」

「……何だか分からんが、人手が足りんのか」

 ようやく状況が飲み込めてきたノワールが問えば、エンリーカが頷き返す。暫し考えた後、ノワールはひとつ息を吐いて黒い外套を羽織り直した。

「私が行く。地下四階のやつらに報せてくれば良いんだな」

「え、ええ……あなた、マギニアの冒険者?」

「一応はな。それに四階には知り合いがいる。……マナ!」

 一声呼べば、 モリビトの子供と一緒に遊んでいたマナはぱっと振り向いてこちらへ駆けてきた。半ば突撃するように腰に抱きついた少女を受け止め、その頭を撫でながらノワールは言う。

「用事ができたから迷宮に行ってくる。お前はここで待っていろ」

「マナもいっしょにいく」

「駄目だ。いい子にしていたら今度ケーキを買ってやる」

「ほんと? やくそく?」

 頷けば、マナは目を輝かせて腰から離れる。装備をもう一度確かめてエンリーカが差し出した地図を受け取ると、ノワールは枯レ森の方向へと走り出した。いってらっしゃあい、という声を背中で受けながら、彼は真っ直ぐに迷宮四階へと向かう。


   ◆


 振り下ろされた翼が空を薙いだ。地面を撫でた強風が砂を巻き上げ、視界を奪う。エノクは咄嗟に前に出ると盾を掲げた。上空から襲いくる鉤爪をいなし、脇を駆け抜けていくクチナを見送る。巨鳥の下へ潜り込んだクチナが両手に握った刀で素早く斬撃を繰り出せば、高い悲鳴と共に血に染まった羽毛が辺りへ飛び散った。そのまま上空へと逃げる間も与えず、空中を跳ねるようにして飛び上がった少年が槍の一撃を繰り出す。

「もうちょっとでいける!?」

「たぶん……ね!」

 ヘンリエッタの治療を受けていたチエリが前衛へ戻ってくる。問いかけに応じつつエノクは辺りを見回した。衛兵隊や他の冒険者達の戦いもまだ終わってはいないが、非常に苦戦しているという様子でもない。このままの状態で戦線を維持できれば、そう遠くない内に突破できる──と、そう考えていた時だった。

 離れた位置から狙撃を続けていたモモコが、唐突に声を上げた。

「待ちなさいッ!!」

 他の四人も一斉に振り返る。モモコの視線が捉えているのはイワオロペネレプではない。その向こう側、木々の隙間を駆け抜けて森の出口へと向かっていく人影。そのうちの一つがふと振り返り、こちらに向かってにやりと笑みを浮かべた。──レンジャーの男、スペードだ。

「なっ……!」

「遺跡に行くつもりか」

 ヘンリエッタが舌打ちをひとつ漏らす。クチナがスペード達の後を追おうとするが、イワオロペネレプの羽ばたきによって阻まれた。このままでは、逃げられる。

「──『スターゲイザー』!」

 背後から叫び声。と同時に銃声が響く。穿たれた羽を大きくばたつかせて巨鳥が悶える。仲間の放った弾丸に一足遅れてやって来たニーナが、剣を構えながら告げる。

「行って! 私達がどうにかするから!」

「ニーナさん、」

「早く!!」

 彼女の声を皮切りに、駆けつけてきた『ウルスラグナ』のメンバー達がイワオロペネレプに攻撃を始める。ひとつ頭を下げ、モモコが走り出した。後の四人もそれに続く。迷っている暇は、無い。

 剣戟の響きを背に、先を走る一行を追って『スターゲイザー』は森の奥へと向かう。

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